かくれんぼ

決して入ってはいけない部屋

 

祖父母が健在だった頃、私の田舎には大きな持ち家がありました。

 

母屋と離れの二棟から成るその家。

 

特に物置として放置されていた離れは、当時小学生の私にとって格好の遊び場所となっていました。

 

田舎に帰省した時には、隣の子と一緒に離れで”かくれんぼ”をする。

 

その度に祖母にたしなめられたものですが、その意味を深く考えることはありませんでした。

 

その日、途中でかくれんぼを切り上げ、外に遊びに行こうとした私と隣家の子を祖父が呼び止めました。

 

言いつけを聞かない悪ガキにも祖父は決して怒ることはなく、私と隣家の子にお菓子をくれ、離れにまつわるちょっとした怪談を聞かせてくれました。

あそこは恐ろしい所じゃから、入ったらいかんで

その家は祖父の家系代々の持ち物で、祖父もそこで生まれ、そこで育った人でした。

 

家にはちょっと変わった決まり事があり、それは『離れの二階、東の部屋には入らないこと』というものでした。

 

理由は語らず、頑なに忌諱する。

 

※忌諱(きい)

恐れて避けていること。

 

田舎にはそういった”理由の分からない習わし”がいくつか残っていました。

 

そんな決まりはあるものの、家には物が多いためか離れには倉庫としての需要が多く、いつでも家の者が出入り出来るようにと鍵は分かり易い場所に掛けてあったそうです。

 

それが起こった当時、祖父は私と同じぐらいの年頃の少年でした。

 

家の者が出払ったある日、祖父は歳二つ上の兄と自分の友達の三人で遊び、離れでかくれんぼをしました。

 

ジャンケンで負けた友達が鬼になり、祖父と兄が隠れる役。

 

鬼は母屋で百を数えて、数え終わったら離れを探す。

 

遠くから、母屋の外壁に伏せた鬼が「いーち、にいー」と元気に読み上げる声がする。

 

離れはどの部屋も荷物が積まれ、なかなか隠れ甲斐のある場所が多い。

 

「一階の奥の部屋に隠れる」と言った祖父に対し、兄は「じゃあ俺はあの部屋に隠れる」と言い出しました。

 

家に遊びに来ることの多い、仲の良い幾人かの友達は、離れの二階の部屋の話を知っています。

 

よそ様の家で”入ってはいけない場所”は、隠れる為にこれほど都合の良い場所はないでしょう。

 

「それはダメだよ」とたしなめますが、体格も良くケンカの強い兄には、祖父の制止も逆効果でした。

 

急いで階段を上る音が聞こえ、少し間が空いて、祖父の隠れた部屋から真上にあたる“あの部屋”に踏み込む足音が聞こえました。

 

上の部屋、奥の方で「カタ、コトン」と少し硬い音。

 

それは押入を開けた音か、何か荷物を動かした音か。

 

百を読んだ鬼が、母屋から走って来ました。

 

始めに土間や台所を探していたのでしょうか、しばらくしてから祖父の隠れた部屋へと踏み込んで来ました。

 

積まれた荷物の隙間に、器用に身を収めた祖父を見つけるのは難しく、鬼は「くっそー、どこだー」と言う言葉を残して部屋を後にしました。

 

安堵した祖父が荷物の隙間から顔を覗かせたその時、上の部屋から「ガタンッ」という少し大きな音がしました。

 

それを聞きつけた鬼は、祖父の隠れていた部屋で音がしたものと間違え、再び部屋に戻って来ました。

 

突然の物音に呆けていた祖父は、あっけなく鬼に見つかりました。

 

鬼は祖父を見つけた後、一階の残り二部屋と再び台所を探し、二階へと向かいました。

 

物音が気掛かりな祖父は、鬼の後に付いて一緒に二階へ。

 

どの部屋にも荷物が積まれ、鬼はその中をくまなく探しました。

 

ですが、いずれの部屋にも兄はいませんでした。

 

残った部屋は”あの部屋”だけでしたが、よそ様の家で出入りを禁じられている部屋です。

 

強い確信を持ちながらも、鬼はその部屋の襖すら開ける気にはなれませんでした。

 

部屋の前から「○○くん、そこに隠れてるだろ」と呼び掛けるも返事は無く、目で合図を受けた祖父は、「ここに隠れているはず」と返す。

 

そんなやり取りの中で、襖の向こう、部屋の中から「カタ、コトン」と硬い音がしました。

 

その音に後押しされ、二人は襖を勢いよく開けました。

 

部屋には一つの荷物も無く、人の気配も無く、本当に何もありませんでした。

 

奥に一つ押入があり、躊躇(ためら)いがちに部屋に踏み入った二人は押入の戸を開きました。

 

ムワッと何か塊になったような空気が流れ出してきました。

 

ですが、押入の中に期待していた兄の姿はなく、ただ一つ、水の入った小さな杯が置かれていました。

 

言葉に出来ない気味の悪さに包まれ、二人は逃げるように部屋を後にしました。

 

結局、兄は見つかりませんでした。

 

部屋という部屋、人の隠れれそうな場所は何度も探し、呼び掛けました。

 

離れだけでなく、母屋も必死になって探しました。

 

ですが、どこにも兄の姿はありませんでした。

 

事態に怖くなった二人は、家の者が帰る前に外へと出ました。

 

兄が見つからなかったら、こう言おう。

 

「今日は二人で外で遊んでいた」と。

 

夕方、帰ってきた両親と姉。

 

兄を探す母に「○○はどこ行ったの?」と訊かれましたが、知らぬ存ぜぬを通しました。

 

夜になっても帰らない兄を、父が探しに出掛けました。

 

夜も更けて、未だ見つからない兄を、隣近所の大人たちも探し始めました。

 

家は一晩中せわしなく、祖父は後ろめたさと得体の知れない恐ろしさに、布団の中で震えました。

 

朝を迎えても兄は見つからず、家には近隣の大人たちや警察が慌しく出入りを繰り返しています。

 

昼を過ぎる頃、自分の隠していることの重みに耐えかね、母の姿を探し始めたその時、「見つかった」という知らせが飛び込んできました。

 

兄は死んでいました。

 

兄は村の外れを通る川の下流で、死体で発見されました。

 

溺死と判断されたその死体に外傷はなく、しかし何故か足は裸足でした。

 

(祖父の話はここまでです)

 

「あそこは恐ろしい所じゃから、入ったらいかんで」と、話し終えた祖父は私と隣家の子に優しく強く言い聞かせました。

 

私たちは二度と離れに入らないと約束しました。

 

祖父から聞かされた話は、私にとって非常に恐ろしい思い出として心に残っています。

 

ですが、その話を聞かなくても離れに入ることはなかったと思います。

 

なぜなら、祖父に声をかけられる前に、私たちは「かくれんぼ」をやめていました。

 

一階東の部屋に隠れた要領の悪い私を、隣家の子はすぐに見つけました。

 

次の鬼を決めるためにジャンケンをしようとしたその時、上の部屋から「ガタン」と物音。

 

恐る恐る様子を見に行った”あの部屋”の前で、確かに聞いたんです。

 

襖の向こうから「カタ、コトン」と硬い音を・・・。

 

(終)

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禁止されていた海近くでのかくれんぼ

 

俺が小学校低学年の頃の話。

 

もう30年以上も前になる。

 

東北のA県にある海沿いの町で育った俺たちにとって、当然のように海岸近くは絶好の遊び場だった。

 

海辺の生き物を探して無意味に弄(いじ)ってみたり、釣り人に餌を売りつけて小遣いを貰ったりと、無邪気に遊ぶ毎日だった。

 

しかし、『かくれんぼだけは海の近くでやってはいけない』と、周りの大人にきつく言われていた。

 

海の近くは危ない場所が沢山あるし、変な所に隠れて大怪我や命を落とす事故を心配してのものだろうと、子供ながらに理解していた。

 

しかし、理解していると言っても所詮は子供。

 

周りに誰も居なければ、やってしまうものだ。

 

俺と近所のガキ(A太、B朗、C子)の4人でかくれんぼをしたことがある。

神様への生贄か?

当時のガキにしては丸々と太っていた実質ガキ大将のC子が、どうしても「かくれんぼしたい!」と聞かなかったので、俺ら男3人は臆病者扱いされるのも嫌で付き合うことした。

 

渋々始めたとはいえ、海の近くでは変わった窪みがいっぱいあり、とても楽しかった。

 

危険な場所というところは、基本的に楽しいものだ。

 

かくれんぼを始めて1時間くらい経った頃だった。

 

A太が鬼だったが、C子がどうしても見つからないと言う。

 

仕方なくかくれんぼを中断し、男3人でC子を手分けして探すことにしたが、それでもなかなか見つからない。

 

見つからないから諦めて帰ろうとした時、さっき調べても居なかった岩場の窪みにC子を見つけた。

 

ただ、C子は一人ではなく、やたらと立派な和服を着た爺さんが一緒だった。

 

ガキだった俺は、「家の人間が迎えに来たから勝手にかくれんぼを中断しやがったな」、と思ったが、どうも様子がおかしい。

 

普段は大人相手だろうが子供相手だろうが、のべつまくなしに騒ぎ立てるC子がやけに大人しい。

 

※のべつまくなしに(のべつ幕無しに)

ひっきりなしに続くさま。休みなく続くさま。

 

和服の爺さんが何かを話しているのにも反応せず、ただ一点を見つめて動かない。

 

「もしかして、これはヤバイか・・・」と思った俺は、幸い2人共こちらに気付いてないようだったので、そのまま様子を窺うことにした。

 

よく見てみると、和服の爺さんはこんな海沿いだっていうのに全く濡れていなかった。

 

爺さんは一頻(ひとしき)りC子の体をベタベタと触った後、懐から鉄製の串のようなものを取り出し、おもむろにC子の脇腹に突き刺した。

 

俺は爺さんの行動にビビって固まった。

 

しかも、爺さんはその串を一本だけではなく、次々とC子に差し込んでいく。

 

しかし奇妙な事に、血は全然流れていない。

 

C子も、串を刺されまくっているのにピクリとも動かない。

 

そのうち、串を伝って黄色っぽい白くドロドロとしたものが流れ出してきた。

 

すると爺さんは、串の根元の方に白い袋のようなものを取り付け始めた。

 

どうやらそのドロドロを袋に集めているようだった。

 

多分、ものの2~3分くらいの出来事だったと思うが、どうやら袋が一杯になったらしく、爺さんは一つ一つの袋の口を縛って纏(まと)めていく。

 

一方のC子は、あんなに丸々と太っていたのに、いつの間にか干からびたミミズのようになっていた。

 

「ヤバイものを見てしまった!」と思っていると、爺さんが不意に俺の方を向いた。

 

そして何か言おうとしたのか、口を大きく「あ」の形にした。

 

と思うと、後ろから大人の声で、「こらー!くそガキが!あんだけここでかくれんぼするなって言ってんだろ!!」、と怒鳴る声がした。

 

振り返ると、A太の父だった。

 

どうやら、C子が見つからなくて焦った他の2人が大人に報告しに行ったようだ。

 

俺はC子が干物になってしまったことを伝えるのと、変な爺さんから逃げるのに、A太の父の方へ駆け出していた。

 

かなり本気のゲンコツと、もう一怒鳴りされた俺は、A太の父をC子のところまで引っ張っていった。

 

そこには、干物ではなく太ったままのC子が倒れていた。

 

あの爺さんも・・・、串で刺された痕も・・・、キレイサッパリ無くなっていた。

 

結局C子は、かくれんぼ中に転んで頭を打ち気絶していた、ということで病院に運ばれた。

 

C子は、その日の夕方に目を覚ましたらしい。

 

一方、俺ら3人は嫌になるほど説教を食らったが、俺はさっきの光景が目に焼き付いていて、ろくに説教を聞いていなかった。

 

それから数日、C子に変わりは特に無く、いつものようにピンピンしていて、近所のガキの頂点に君臨していた。

 

俺自身も、「アレは暑さでおかしくなってみた幻だろう・・・」と思い込み始めていた。

 

しかし1週間ほどした頃から、C子は痩せ始め、しまいにはその姿を学校で見なくなっていた。

 

どうやら何かの病気をしたらしく、俺は母に連れられて、A太やB朗らと一緒にC子の見舞いへ行った。

 

そこにいたC子は、以前の憎たらしく太っていたC子ではなく、随分と痩せ細った姿だった。

 

しかも、痩せているのではなく、見るからに肌に水気が無く、子供とは思えないほどシワだらけになっていた。

 

あの時に見た干物の2~3歩手前という感じ。

 

俺は、「もうこいつ死ぬんだな・・・」と思った。

 

見舞いから帰ると、俺は母に「爺さんと串に刺されたC子」のことを話した。

 

母は俺の話を聞き終えると、「そう」、と一言だけ言って、どこかに電話をかけた。

 

そして電話が終わると、「明日その時のことを聞きに人が来るから正直に答えなさい」、と俺に言った。

 

普段にも増して「辛気臭いな・・・」、と俺は思った。

 

次の日、学校での授業の途中に校長に呼び出され、校長室で見知らぬおっさんに爺さんとC子の話を訊かれた。

 

おっさんは古い絵を俺に見せ、「その爺さんはこんな格好じゃなかったか?」と訊いてきた。

 

その絵には、みすぼらしい格好をして頭が不自然に三角な男と、あの爺さんのようにキレイな和服を着た男が描かれていた。

 

俺は、「こっち。和服の男の格好に似ている」、と答えた。

 

すると、おっさんは溜息を一つ吐いて、校長にどうやら「アカエ様ではないようなので、これ以上の心配はないでしょう」と言った。

 

校長も、何か安心したような感じだった。

 

その後は俺を無視して、「今年は豊漁になる」だとか、「漁協からC子の家に見舞金を出す」という話をしていたが、俺がまだいることに気付き、すぐに追い出された俺は授業に戻った。

 

結局、C子はそれから間もなく死んだ。

 

C子の葬式で悲しそうにしていたのはC子の家族だけで、他の大人はみんなニコニコとしていて何故か嬉しそうな感じだった。

 

正直、俺もC子が嫌いだったので心の底では嬉しかったが、今まで経験した葬式との違いに、少し不気味にも思っていた。

 

俺の父もC子の両親に、「神様が持っていったようなものだから」、と変な慰めをしていたのを覚えている。

 

その年の秋、あの時に盗み聞いたおっさんと校長の話通り、ここ数十年で一番の豊漁になった。

 

しかし、他所の町の港ではそれほどでもなかったらしく、俺たちの町だけが潤ったそうだ。

 

(終)

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