古田雄介のインターネット死生観

フェイスブックが“難題”に掲げる、故人の追悼アカウント問題

古田雄介の「インターネット死生観」

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「困難な問題を直視して考えよう」 フェイスブックが呼びかける

テロリストの情報発信源になったり、嘘ニュースの拡散に使われたりと、ソーシャルメディアの負の側面が目立つ出来事がしばしば起きている。簡単には片付かないこれらの「困難な問題」(Hard Questions)と真正面から向き合うべく、フェイスブックは6月にプレスリリースで問題項目を7つ提示し、これから社内外で議論しながら解決策を模索していきたいと決意を示した。

Facebookが提唱する7つの「困難な問題」 (Hard Questions) 「オンライン上のプラットフォームは、テロリストによるプロパガンダの拡散をどのように防ぐことができるか。」 「オンライン上のアイデンティティは人の死後どうあるべきか。」 「ソーシャルメディアは、論争を引き起こす投稿や画像について、どれだけ積極的に監視及び削除を行うべきか。特に、複数の文化規範が混在するグローバルコミュニティにおいて、誰が複雑なテーマを判断するべきか。」 「誰がフェイクニュースを定義し、論争を引き起こす政治的発言との境界を判断するか。」 「ソーシャルメディアは民主主義にとって良いものか。」 「人々の信頼を損なうことなく、どのようにして誰もが利益を享受できるデータを活用することができるか。」 「若いユーザーに対して、どのように安全な環境下における新しい自己表現の方法を伝えることができるか。」

そのうち2番目にあるのが、「オンライン上のアイデンティティは人の死後どうあるべきか」という命題だ。

この連載でもたびたび言及しているとおり、故人がオンライン上に残していったアカウントや日記、写真などは、遺族や知人の働きかけがなければそのまま放置されるのが普通だ。運営側はアカウントの持ち主の生死を知る術を持たないし、メールアドレスとハンドルネームだけで利用できる無料サービスにおいては、本人の特定すら困難なことも多い。

そのなかで、フェイスブックはかなり積極的に利用者の死後の道筋を模索してきた。故人のページの乗っ取りや不意の抹消などから保護する「追悼アカウント」機能を2007年に導入し、15年には、死んだ自分の代わりに管理してくれる「追悼アカウント管理人」を生前に設定できるようにもした。17年9月現在、追悼アカウント化しているページは世界全体で数10万を数える。’96年から続く世界最大のサイバーセメタリー「ヴァーチャル・メモリアルズ」の登録数が3万超であることを考えると、〝ネット墓〟としても突出した規模になっていることがわかる。

そのフェイスブックをして、オンライン上の死後対応を困難な問題と明記している意味は軽くないだろう。

ポリシー管理部門トップが語る 亡き夫のデジタル遺品の重さ

困難な問題について現状の課題を伝えるリリースは、順次発信されている。8月18日、〝第2項目〟について筆を執ったのは、同社のグローバルのコンテンツポリシー担当公共政策責任者を務めるモニカ・ビッカート氏。がん闘病の末に亡くなった夫との思い出を交えながら、デジタル遺品から遺族が受け取る感情の複雑さを伝えている。

〈夫が亡くなってから1年近くたっても、携帯電話で古い写真を見るたびに息をのむことがあります。次の日には夫が退院できると勘違いして、病院での夫の姿を撮影した写真を見ると、涙が溢れます。しかし、父の日に庭で夫が娘達と誇らしげに立っている写真などを見ると、思わず微笑んでしまいます。〉

同じ故人の思い出でも、それぞれの局面や受け取る人物によって喚起される感情は大きく変わる。だから、追悼アカウントは誕生日のお知らせなどのプッシュ型の情報発信機能はすべてオフとなる。ただ、共通の知人が投稿した追悼文や、故人が生きていた頃の投稿がコメント書き込みなどがきっかけでタイムラインに再浮上することは避けられない。

また、追悼アカウントになると遺族であっても手出しできなくなる問題もある。故人のページに一周忌のお知らせをアップしたり、過去の投稿をバックアップしたりもできない。唯一、追悼アカウント管理人に指定された人なら、それらの措置が行えるが、それでも特定の投稿を削除したり、ダイレクトメッセージを閲覧したりはできない。

それを嫌って、家族や知人が亡くなってもあえて追悼アカウントにはせず、故人のIDとパスワードでログインする〝なりすまし〟のスタイルで独自に管理している遺族もいる。同社は故人のものと把握した時点で、追悼アカウントに変更するようにしているが、模索もまた続けている。

「故人のアカウントについて、どうすべきか判断するのはいつも難しいものであり、明確な回答は持ち合わせておりません。ただ、追悼アカウントや同管理人の機能がささやかながら故人及び故人を追悼する方々の支えになることを願っています」(フェイスブックジャパン広報)

運営側が用意した大枠だけでは その先の便利さに進んでいけない

オンライン上にある現在の死後措置にまだ完全なものはなく、改善の途上にある。改善を促進するには多くの人の声が必要ではないかと思う。フェイスブックは大枠を用意しているが、その解像度を高めるのは個別の相談しかない。確実にいえるのは、待っているだけでは良くなる速度が遅くなるだけということだ。

文/古田雄介

古田雄介(ふるたゆうすけ):利用者没後のネットの動きやデジタル遺品の扱われ方などを追うライターで、デジタル遺品研究会ルクシー理事。著書に『故人サイト』(社会評論社)『[ここが知りたい!]デジタル遺品』(技術評論社)など。

『デジモノステーション』2017年11月号より抜粋

ここが知りたい! デジタル遺品 デジタルの遺品・資産を開く! 託す! 隠す! (これで安心!) 故人サイト

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今こそ知るべき!デジタル遺品の正しい扱い方と死後の相続環境

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デジタル遺品の特異性は デジタルという表層にしかない

スマホやパソコン、オンライン上のアカウントなどが遺品化した際の対応をまとめた実用本『ここが知りたい!デジタル遺品』を8月に上梓した。デジタル遺品を残された家族側と、デジタル資産を残していく本人側の双方で役立つことを意識して、デジタル遺品の初歩から個別の対応策まで総合的にまとめている。

「死んだ家族のFX口座が借金爆弾になるんじゃないか」や「スマホを処分されたらすべてが墓の中に葬られるんじゃないか」など、デジタル遺品という正体不明な存在に怖さを感じているなら、ぜひ手に取ってほしい。面倒な問題は確かにはらんでいるけれど、そこまで恐れる存在でもないことが分かると思う。

執筆にあたり、デジタル遺品をさまざまな視点で総ざらいしてみたが、結局のところ、本質的なところは従来からある普通の遺品と変わらないと再確認できた。放置しておくことで発生するリスクも、デジタルだからと特段跳ね上がるわけではないし、デジタルだから必ずしも未来永劫拡散し続けるわけでもない。

違いがあるとしたら2つだ。表層をデジタルのベールで覆っているか否か。そして、死後の相続環境が成熟しているか否かだ。

どういうことか、ちょっと説明させてほしい。

デジタルのベールは本質的な価値に影響を与えない

家族写真を例にしたい。

紙焼き写真なら、何の道具も使わずに誰でも観賞できるが、フィルムがなければまったく同じ状態で複製するのは難しく、経年劣化も起こる。

デジタルデータの写真の場合は、スマホやパソコンなどの情報端末を介して観賞することになるため、それらを操作するスキルが必要になる。端末ロックをかけている場合はその鍵も欠かせない。一方で、元データは簡単にコピーできるうえ、写真共有サイトなどにアップすることもできる。端末自体は経年劣化するが、データを移していくことで元の状態を長年保っていける。

こうやって違いを書き連ねると、まったく別物を取り扱っている感覚になるが、どちらも思い出が詰まった写真であることに変わりはない。本質的な価値は同じで、取り扱い方という表面的な部分に違いがあるだけだ。従来の遺品と比べるとデジタルのものはちょっと違和感がある。そう、表面のちょっとだけ。それを私は“デジタルのベール”と呼んだ。

大切に保管しておきたいなら、別に何のことはない。それぞれにあった手を打つだけだ。紙焼き写真は直射日光が当たらないように保管したり、フィルムがあれば焼き増ししたりすればいい。デジタル写真ならバックアップをとりつつ、現役で使っている端末にきちんと整理して保存しておけばいい。

途中で通る道が違うだけで目的地は変わらない。抹消したい場合も、隠したい場合も同様だ。

デジタルが一般化した歴史を振り返れば、未整備も致し方なし

もうひとつの違いに挙げた“死後の相続環境”の差は、デジタル遺品を生み出す企業や業界がまだ若いということに帰結する。

たとえば、亡くなった家族のスマホを解約する場合、そのキャリアのショップや窓口に遺族が出向くことになる。死亡診断書など必要書類を持って行ったらマニュアル通りに対応してくれるが、そのあたりの説明が不十分だったり、散々待たされた後で書類不足を指摘されたりという不満の声はいまだよく耳にする。くわえて、対応してもらえる範囲は契約の引き継ぎや抹消のみで、端末内のデータはや各種アプリのアカウントまでは面倒を見てもらえないのが普通だ。一部のキャリアは契約の引き継ぎ(承継)も対応しない。

また、オンラインサービスの遺族対応も未整備のところが多く、金融系や一部の大手プロバイダーを除いて、遺族対応の道筋が整備されているところはほとんどない。アフィリエイトや仮想通貨取引所など通貨や準通貨を扱うサービスであっても、会員死亡時の処遇が会員規約に記載されていないことがザラにある。

未成熟の理由は単に遺族からの問い合わせがまだほとんどないからだ。現場経験が蓄積されないから、ノウハウも上積みされない。何しろ一般化して四半世紀そこらの世界だから、近代から百年以上の蓄積がある業界と同程度の環境を求めること自体に無理があると思う。

ただ、差は急速に埋まっている。肌感覚だと5年以内には十分な遺族対応のガイドラインができそうだ。そして、もう5年もあれば相談現場でも柔軟な対応ができるくらいに練れているのではないかと思う。今回の本は、その頃まで役に立てばいい。

▲利用者の死後の対応環境が未整備な世界では、遺族が手探りで解決方法を見つけ出したり、本人が生前準備したりと当事者が頑張らなければならない。※イラストは著書より。

▲整備された世界では提供側のサポートが充実しているので、専門家の助けを求めやすい。近い将来にデジタルの世界もこちらの環境になると思う。※イラストは著書より。

文/古田雄介

古田雄介(ふるたゆうすけ):利用者没後のネットの動きやデジタル遺品の扱われ方などを追うライターで、デジタル遺品研究会ルクシー理事。著書に『故人サイト』(社会評論社)『[ここが知りたい!]デジタル遺品』(技術評論社)など。

『デジモノステーション』2017年10月号より抜粋

ここが知りたい! デジタル遺品 デジタルの遺品・資産を開く! 託す! 隠す! (これで安心!) 故人サイト 最期の言葉 (文庫ぎんが堂)”]

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デジタルデータの「完全な死」とは?削除しても復活する「不死鳥サイト」の可能性

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人は死んだら生き返る? 耳目を集めた長崎県のリリース

2004年、県内で児童による殺人事件が相次いだことを背景に、長崎県教育委員会は県内の小中学生を対象とした「児童生徒の『生と死』のイメージに関する意識調査」を実施した。翌年の発表資料によると、そのなかの「死んだ人が生き返ると思いますか」という質問に対して、全体で15.4%の生徒が「はい」と答えたという。

「いまどきの子供は6人に1人が人は生き返ると思っている」「家庭の絆が希薄になって、テレビゲームの影響が強くなったせいだ」――そんな論調で多くのマスコミがセンセーショナルに報じた。

実際にはゲームだけでなく本や宗教観、願望などが混在したうえでの答えも少なくなかったようで、いささかゲームが悪者にされた感がある。とはいえ、同委員会がこの結果を受けて、生命に関する教育に改めて取り組んだのは事実だ。「個々人の宗教観や価値観は尊重するけれど、何でもかんでもパッと生き返るわけじゃないんだよ」、と。

この方針に違和感を持つ人はそんなにいないと思う。魂とか精神的な領域は個人の考えに委ねるとして、実体としての人間は死んだら蘇らない。それはまあ、現代の日本の常識といえるだろう。

では、インターネット上に残ったデータはどうか。消滅したあと復活することはあるのだろうか?

ある程度の年月、インターネットに親しんできた人なら経験則として知っていると思う。そう、ありうる。

たとえば、この意識調査の抜粋は長崎県の公式サイトにリリースとしてアップされていたが、ずいぶん古いためいまは見られない。しかし、国際的なアーカイブサイト『Internet Arcive』で同URLを調べると、当時のままの文面がいまも普通に閲覧できる。

本体が消滅しても容易に複製できるデジタルデータは、一度世に放たれれば発信者のコントロール外でコピーが作られる可能性が常にあり、何度でも蘇りうる。

だからこそ、ネット上に残存する特定の情報を抹消するサービスを高額で請け負う企業がたくさん存在しているし、データを消去するしないで裁判が起きたりもする。

▲Internet Archiveの「Wayback machine」で長崎県学校教育課が発表した当時のリリースを検索した。2008年頃にページを削除したようで、2007年以前のアーカイブでは全文がしっかりと残っている。

物理フォーマットしても 復活の可能性はゼロにならない

では、デジタルデータの完全な死とはなんだろう?

ネット上はもちろん、中継したサーバーや閲覧した端末にあるすべてのコピーが抹消されれば、死んだと言えそうな気がする。

しかし、デジタル遺品研究会ルクシーの共同設立者にしてデータ復旧技術者の阿部勇人は、「現在の技術では、厳密な意味でのデータの完全削除は無理だろう」という。

SSDなどのフラッシュ製品は書き込み位置に不良が発生した領域があると、自動で正常な領域にデータを移す技術があり、放棄された領域はOSから認識されなくなる。そのための予備領域は仕様上の容量の10%以上に及ぶこともあるという。HDDも容量比が小さいが似たような技術が組み込まれている。そうした放棄領域の残存データをつなぎ合わせることで、物理フォーマットしたドライブからでも元のデータが取り出せることがある。

十分なスキルと環境がないと不可能な方法だし、復活できるのは元のごく一部でしかない。ただ、それでも0%ではない。デジタルは有か無かの世界なので、ほんのわずかでも可能性が残っていれば、完全復活する余地を持ち続けることができる。そういう意味でロマンがあるし、また、怖さもはらむ・・・・・・。

サーバーが飛んでもなお、 復活する不死鳥サイトを夢想

5月、外付けHDDトップシェアのバッファローはデータ復旧事業の参入を表明した。自社のHDDやSDカードなどの物理障害や論理障害に対して有償でサポートする。その事業説明会の席上、傘下で老舗のデータ復旧会社・アドバンスデザインの本田正会長は、「将来的にはクラウドサーバーが破損した際のデータ復旧も構想している」と語っていた。

近い将来、サーバーが飛んでも、管理人やミラーサイト所有者のローカルドライブがフォーマットされても、しぶとく何度でも復活するサイトが見られるかもしれない。

復活を歓迎されるなら「不死鳥サイト」、困惑されるなら「ゾンビサイト」の呼称がつくかもしれない。いずれにせよ、実体としての復活を現実的に想像できるのは面白い。

文/古田雄介

古田雄介/利用者没後のネットの動きやデジタル遺品の扱われ方などを追うライターで、デジタル遺品研究会ルクシー理事。著書に『故人サイト』(社会評論社)など。8月9日に『[ここが知りたい!]デジタル遺品』(技術評論社)刊行予定。

※『デジモノステーション』2017年9月号より抜粋

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