怨み

母が夜中に打ち付けていたもの

 

俺が高校1年の時の話だ。

 

この頃にはもう両親の関係は冷え切っていて、そろそろ離婚かな?という感じの時期だった。

 

俺はと言えば、グレる気にもなれず、引き篭り気味の生活を送っていた。

 

授業が終わると、真っ直ぐ家に帰って自室に直行。

 

飯も自室で一人で食っていた。

 

そんなある日、とんでもない光景を見てしまった。

 

母が真夜中に、庭の立ち木に何かを打ち付けている。

 

直感的に、「親父の藁人形?」と思ったが、その場では確認しなかった。

 

動揺してしまって、こそこそと逃げ帰るように自室に戻った。

 

「見たくないものを見てしまったな・・・」というのが、この時の心境を一番良く表していると思う。

 

その時は確認出来なかったけれど、動揺が治まるにつれ、気になって仕方なくなって来る。

 

「あれは親父の人形なのか?」

 

そして、母が留守の間を見計らって確認する事にした。

 

結論から言えば、親父の藁人形はあった。

 

正確には、親父の藁人形もあった、なのだが・・・。

 

いや、出るは出るは。

 

親父の他にも、俺の担任、親戚の叔母ちゃん、近所のオバはん、同級生の母親。

 

ダンボール箱に半分くらいはあった。

 

釘と名前を書いた札が刺さっている藁人形が。

 

「何やってんだよカアちゃん・・・」

 

そう呟いたかどうかは記憶にないが、そう思っただけで実際には言葉になっていなかったのかも知れない。

 

頭の中が真っ白になってしまって、ぼーっとしていた。

 

この時もやっぱり、見付からないように片付けると、こそこそ自室に逃げ帰った。

 

しばらくは呆然としていたが、少し時間が経つと何故だか分からないが笑いが込み上げてきた。

 

「へへへっ」から始まった笑いだったが、いつのまにか大爆笑していた。

 

笑いが止まらなかった。

 

もしも藁人形の中に俺の名前があったとしたら、この時に俺は笑い死にしていただろう。

 

(終)

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サークル仲間と馬鹿騒ぎした翌日に

 

大学の同級生から久しぶりに忘年会の誘いがあって思い出した事がある。

 

大学3年の12月、サークルの連中と飲んでいた。

 

2次会が終わったところで、何人かが終電に間に合うようにと帰っていった。

 

俺は5人くらいの仲間と残り、朝まで安い居酒屋で時間を潰して始発で帰った。

 

次の日、家で爆睡していたら、昼過ぎに仲間の一人から電話がかかってきた。

 

昨晩、先に帰ったKが事故で死んだと聞かされた。

後に怪死事件と週刊誌に書かれる

その日の夕方、締め慣れないネクタイに悪戦苦闘した後、Kの通夜会場に向かった。

 

昨日の夜はあんなに馬鹿騒ぎしていた連中が、今日は喪服姿で神妙にしているなんて、不思議な光景だった。

 

おまけに一人は棺桶の中・・・。

 

通夜会場を早めに後にして、俺達は帰り道にあったファミレスに入った。

 

そして、Kと一緒に帰ったSから事故の話を聞いた。

 

KとSは同じ方向だったので、途中まで同じ電車に乗って帰っていた。

 

その当時、KとSは俺達の間では微妙な関係だった。

 

元々Kの彼女だった女の子が、Kとはっきり別れないうちにSに乗りかえようとしているみたいな噂があり、事情を知っている俺達何人かは結構ヒヤヒヤしながらその三角関係を見守っていた。

 

Kは、彼女とSの関係をまだ知らないと俺達は思っていた。

 

電車の中でKは何か考えている様子で、Sが話しかけてもただずっとニヤニヤしているだけだったらしい。

 

そのうちKの乗り換えの駅に着くと、Sに「お前も気を付けて帰れよ」と言い残して降りていった。

 

ドアが閉まり、SはKに向かってガラス越しに手を上げた。

 

(その時に「Kは凄い顔で睨み付けた気がする」とSが後から言っていた)

 

Sを乗せた電車は、深夜にしてはかなりの数の乗客を乗せて動き始めたが、5メートルも進まないうちに突然ガタンと急ブレーキをかけて止まってしまった。

 

かなり長い間、Sを含めた乗客を乗せたまま電車は止まっていた。

 

そして車内アナウンスが流れ、Sはこの電車で人身事故があったことを知った。

 

ドアが開いてSは外に出ると、駅構内は大騒ぎだった。

 

事故は電車の先頭であったらしく、人だかりが出来ていた。

 

SはKがまだホームにいるんじゃないかと思いながら、その方向に歩いていった。

 

事故は、動き出そうとした電車の前に人が落ちたか飛び降りたかして電車の下に入ったらしく、何人もの駅員が線路に降りて大声を上げながら電車の下を覗き込んでいた。

 

野次馬に混じりSもホームから様子を見ていたが、やって来た救急隊員が電車の下から引っ張り出してきた被害者のものらしい上着を見てSは青くなった。

 

それは、俺達サークルのスタジャンだった。

 

その後のSは、Kの家族と病院へ行ったり警察の事情聴取やらで大変だったらしい。

 

一睡もしてないらしくて、目は真っ赤で凄くやつれた顔をしていた。

 

Sは焦点の合わない目をしながら俺達に向かってしきりに、「どうしてあいつが俺の乗ってた電車の先頭に落ちられるんだよ。俺達は後ろの方の車両に乗ってたんだぜ。どうやったらそんなに早く移動できるんだよ」と言っていた。

 

その後この事故は、小さくだけど週刊誌に『怪死事件』として書かれた。

 

電車の運転士もKが落ちるところを見ていなかったらしい。

 

Sが警察に疑われているとか、サークル仲間のところに刑事が来たとかの噂が流れて、なんとなくSとは疎遠になり、卒業後は音信不通になってしまった。

 

Sが嘘をついていたのかどうかは謎だが、少なくともその時は作り話をしているようには俺には見えなかった。

 

(終)

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亡くなってしまった患者の日記

 

私の先輩が看護師として勤めている病院であったこと。

 

先輩のチームの受け持ち患者だった末期ガンの初老の女性が急変し、亡くなった。

 

社交的で明るく、ナースや同室の患者とも仲良くやっていた、感じの良い人だった。

 

身寄りの無い人だったので先輩が私物の整理をしていると、『一冊のメモ帳』が出てきた。

 

なんの気なしにパラパラめくると、日々の出来事や病院食の献立、見たいテレビ番組のメモ等、他愛のないものが書かれていた。

今でも思い出すと・・・

「きょうは看護師の○○(先輩の苗字)さんと散歩に出かけた。相変わらず優しい人。私の話もよく聞いてくれて心が晴れた。噴水もキレイだった」

 

・・・という記述もあり、先輩は少しほろりときたとか。

 

しかし、亡くなる前日の内容を見て、先輩は戦慄した。

 

それまで黒のボールペン一色だったメモ帳が、そのページだけ赤や青などの色が使われている。

 

字体は汚く、字の大きさにまるで一貫性が無い。

 

「○○○○(先輩のフルネーム)は以前から私の事を嫌っていたようだが、最近は露骨になってきた。注射はわざと痛くするし、体を拭くのも雑で乱暴だ。もう我慢出来ない」

 

「薬の中身も先生にバレないようにこっそり変えている。私には分かる。いつも薄笑いで馬鹿にしている。許さない」

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す・・・・・・」

 

「想像の中で何度も練習した。きっと成功する。明日やる。血を取りに来た時、首を刺してそのまま横に裂く。これを書いているだけで心が晴れる。今夜は眠れそうにない」

 

先輩は同室にいる同僚や患者に動揺を隠すのが精一杯で、その後どう行動したかは覚えていないとか。

 

メモ帳はすぐにゴミ箱に捨てた。

 

そして、ベッド交換を行った同僚が、ベッドと壁の隙間の死角から『ハサミ』を見つけた。

 

特に誰も気には留めなかった。

 

先輩以外は・・・。

 

先輩は本気で退職を考えたが思い留まった。

 

少なくとも、この部屋には二度と立ち入りたくないと、体調不良を理由に転科を申し出て、病棟業務から外れた。

 

当たり前だが、先輩は邪険に接したことなど無いし、むしろ自分には心を開いてくれているように思っていた。

 

恨まれる心当たりはまるで無い。

 

今でも思い出すと全身の毛が逆立つようだ、と言っていた。

 

(終)

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実際にあった動物虐待による呪い

 

今からお話する事は、全て”実話”です。

 

私の同級生の父親が語った話なのですが、「怖いから聞いて」と言われ・・・。

 

その同級生の父親は警察官なのですが、警察という仕事柄、様々な事件を取り調べています。

 

しかし事件があっても、これまでは家族にもほとんど仕事については話した事が無かったそうですが、この『動物虐待の事件』は父親から口にしたそうです。

動物たちの呪いも・・・

ある町で約半年の間に異常の数の猫の死体が発見されました。

 

どれも無惨な姿だったそうです。

 

毒死や耳を切られて死んでいたり、首に釘を刺されていたりと・・・。

 

他にも見てはいられない殺され方ばかりだったそうです。

 

その犯人(K容疑者)はすでに捕まっており、現在は刑務所に入れられているので安心なのですが、刑務所に入ってからのK被告の行動が日に日におかしくなっているそうです。

 

同級生の父親は、刑務所勤務ではないので同僚から話を聞くだけなのですが、あまりに話がリアル過ぎるそうで・・・。

 

K被告が刑務所へ入所したばかりの頃の事でした。

 

「眠れない!」

「うるさい!」

「あっちいけ!」

「殺さないでくれ!」

 

就寝の時にそう叫ぶのだそうです。

 

「○○番、静かにしろ!」

 

刑務官が注意しても叫ぶのだそうです。

 

「俺を助けてくれ!!」と泣きながら・・・。

 

あまりに酷い為に医者に診てもらうと、解離性(転換性)障害と診断されたそうです。

 

しかし刑務官の間では、「あれは病気ではないな・・・。本当に何かが見えるんじゃないか?」と噂になりました。

 

K被告は今では個室に入れられているそうですが、毎晩のように声が廊下まで響くそうです。

 

呆れた刑務官もさすがに何も注意しなくなり、ただ毎晩のようにK被告の声が響き渡ります。

 

そんなある日、勤務が終わったばかりの刑務官の一人が、青ざめた表情で更衣室に居た同僚にこう言いました。

 

「僕、霊感があって心霊的なモノが昔から見えたり聞こえたりするんですけど・・・K被告は本当は病気ではないです」

 

「僕、聞こえるんです。憎しみを込めたような鳴き声で、『ウーウーウーウーギャーヲー』と叫んでは、K被告の周りを飛び回っている猫たちが・・・」

 

「懸命に爪を立てて齧(かじ)ろうとするんです。生きている猫の顔ではないです。怒り狂った恐ろしい顔で」

 

「嘘じゃないですよ・・・。正直、僕も不気味なんです」

 

人から人へ話が広まり私のところまで来ました。

 

でも、本当にあるんだそうです。

 

加害者に殺された方の呪いはもちろん、動物たちの呪いも・・・。

 

刑務所には様々な霊が集まるそうです。

 

(終)

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故郷から遠ざけられていた理由 2/2

前回までの話はこちら

父「この部落には池があるやろ。あれは昔はうちの祖先の池でな。今では維持とか無理やし県に寄贈したが。そこに石碑があるんや。その石碑ってのが『人柱』への感謝の石碑や」

 

父「あの池はなんか知らんけど、週に一人は男が足を掴まれたとかゆうて溺れてな。近所の神主さんに来てもらって見てもらうと『物の怪(もののけ)』が棲んでたんや。女のな」

 

父「その物の怪というのが、当時のうちの祖先の当主の妾(めかけ)やった女と子供の成れの果てや。当主に捨てられ身ごもった子供と怨みを抱きながら池に身を投げた。そんでそいつが悪さしよると」

 

※妾(めかけ)

正妻でない妻。

 

父「その物の怪は溺死した男達の怨みを糧にデカクなり、はよ鎮めな恐ろしいことになると言ったらしい」

 

父「そんで、その鎮める手段は『当主を人柱にする』ということやった。しかし、その当主は大した臆病者で、自分の名前を書いた人形を放り込んで人柱としたんや。石碑まで建ててな」

 

父「そして2か月ほどして当主の孫が生まれた。可愛い色白の女の子で、初めの忌み子や」

 

私「色白・・・」

 

私は地黒な両親から生まれたとは信じられないほど、色が抜けるほど白い。

 

その『色白』と、あえて言った父の思惑が手に取るように分かった。

 

父「そうや。その子が生まれてから村は壊滅状態になり、祖先の家族は謎の疫病にかかり死んでった」

 

父「これはアカン!と、もう一度神主を呼び、見てもろたらしい」

 

父「したら、神主は激怒した後こう言った。『なんてことしたんや!忌み子により末代まで祟られる』・・・とな」

 

父「忌み子は何代かに一度生まれる。特徴は『色白』、『女の子』、『泣きぼくろ』があるらしい。生まれる日は必ず雨で、身内に多大なる健康的被害を与える。・・・と書物にあった」

 

ふいに私の左目の下にあるホクロがうずく。

 

父「妾の子が女の子でな。泣きぼくろがあったらしい。神主はすぐに当主を殺し、池に沈めることを勧めた」

 

父「もちろんみんな追い詰められていたし、これに従った。そして妾とその子を祀った小さな祠を建てた」

 

私「それって・・・」

 

父「そうや。裏のな」

 

父「そうしてなんとか被害は収まった。しかし、忌み子はずっと生まれ続けてきたんや」

 

父「昔のように大勢の人間に被害を与えることはないが、その忌み子が嬉しいと感じた時、同性の姉妹が対になるように怪我するようになった」

 

父「それがお前と妹のユミや」

 

妹への罪悪感。

 

なんで今更こんなことを言うのか。

 

頭が痛い・・・。

 

父いわく、忌み『子』という言葉通り、20歳になれば忌み子ではなくなるという。

 

しかし、妹には念の為に近付かないで欲しいこと。

 

他にも、私が帰省しようとした時に『都合が悪い』と言ったのも、実は『妹の為』だったこと。

 

実際に私が一人暮らしをしてからは、妹が怪我や病気ひとつしないこと。

 

小さい頃に何度も私を殺してしまいそうになったが思い留まったこと。

 

そう矢継ぎ早に言われ、「もう実家には帰らないで欲しい」と両親に泣かれた。

 

泣きたいのはこっちだよ・・・。

 

頭の中は混乱していますが、これらは本当のことです。

 

私自身、まだ信じていませんが・・・。

 

父から告げられたその日、逃げるように故郷から去りました。

 

父が厳しかったことも、母がよそよそしかったことも、今となっては納得出来ますが、まだ信じられません。

 

それも当然です。

 

家族を失いましたから・・・。

 

可愛い妹にはもう二度と会えません。

 

あなたの兄弟姉妹は大丈夫ですか?

 

あの日から、私の左目の下にある泣きぼくろがうずきます。

 

(終)

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故郷から遠ざけられていた理由 1/2

 

つい先日、私は20歳の誕生日を迎えた。

 

故郷から程遠い大学に入った為、今は一人暮らしをしている。

 

友達と騒ぎ倒し、飲み倒し、気付けば爆睡していた。

 

その着信に気付いて目覚めると、窓から夕陽が差し込んでいた。

 

携帯電話の着信画面を見ると母からである。

 

珍しいな・・・と思いながら、その電話に出た。

母からの急な用件とは

私「はい・・・もしもし・・・・・」

 

母「誕生日おめでとう。その声は寝てたな。まあ誕生日やしね。ということはメールも見てないやろ?」

 

私「メール? ごめん、見とらんわ。なんて?」

 

母「次の土曜日に必ず帰省して欲しいんよ。バイトがあっても休んで。交通費も出すし、とにかく重要な話がある。直接話さないと」

 

私「なにそれ、気持ち悪い・・・。分かった。土曜日・・・って明後日やん(笑)」

 

母「うん。とにかく絶対に帰って来てね」

 

そして電話は切れた。

 

薄気味悪いと思ったが、明後日になれば分かること。

 

母からのメールを確認すると先程の電話と内容は同じで、『とにかく帰省しろ』とのことだった。

 

そして土曜日、私は実家の前に立っていた。

 

古い木造の母屋。

 

小さい頃は怖くて近寄れなかった蔵。

 

手入れされた庭。

 

そして、その庭の奥にある祠(ほこら)。

 

なにもかも懐かしく、そして久し振りだった。

 

何度か帰省しようとは思ったが、両親の都合が悪くて帰れなかった。

 

そんなことを考えながら、ボーっと家を見上げていると、窓からひょっこりと顔を出している小さな妹がいた。

 

妹「ねえちゃんおかえり! 待ってたんよ!!」

 

ウサギ似の私とは違い、鼻筋の通った地黒のオリエンタルビューティーな妹。

 

※オリエンタルビューティー

アジア系の美人。

 

そんな妹は小さい頃から身体が弱く、様々な手術を乗り越えてきたが、つい2年前に脳梗塞を発症した。

 

後遺症は幸いなことに残らず、それを最後に健康な様だ。

 

昔から私に懐いてくれている可愛い妹。

 

この2年間、ろくに電話もしていないことに気付く。

 

妹の声が聞こえたのだろうか、玄関が開いて母が顔を出した。

 

母「おかえり。元気そうやね。はよ入りまい」

 

そう促(うなが)され、久し振りの我が家に入る。

 

居間に荷物を置き、スウェットに着替えて一息ついていると、奥の座敷から父の声がした。

 

父「○○(私)、こちらに来なさい」

 

昔から厳格で寡黙だが、優しい父。

 

※寡黙(かもく)

口数が少ないこと。

 

妹と弟(部活で不在)には甘いが、私には凄く厳しかった。

 

長女だからと自らを納得させていたが、なんとなく父に対してコンプレックスを抱いていた。

 

襖(ふすま)を開くと、土気色の顔をした両親が並んで正座していて、その前に座布団が敷いてあった。

 

座るように言われ、私は恐る恐るその座布団に座った。

 

少しの沈黙の後、父が口を開いた。

 

父「○○、おかえり。元気そうでなによりや。いきなり呼んで済まなんだ。とにかく話がある。分かってくれ」

 

私「いいよ。話ってなに? それががいに気になって寝れなんだ」

 

※がいに

主に愛媛県の方言で、「非常に」や「大そう」という意味。

 

父「ん・・・そやな。お前もこのあいだ20歳になって成人したしな。話さなね。お前、覚えとるか?ユミ(妹・仮名)が脳梗塞になった時、お前になんかあったやろ?」

 

私「え?なんも無かったけど・・・。強いて言うなら、第一志望やった大学が奇跡で推薦が決まったことかな?」

 

父「ん・・・。せやな。じゃあ、ユミが耳の手術をした時は? あん時お前は高2じゃ」

 

私「高2といったらインターハイが決まった。・・・いや、秋やから国体やわ」

 

父「じゃあ、ユミが幼稚園の頃に事故に遭って手術したやろ。その時は?」

 

私「なに言いよるんや。話と何が関係あるんや。ユミの不幸が私となんの関係が・・・」

 

父「あるんや! 答え!!」

 

私「・・・覚えとらんわ。あん時、私は小学4年生やったやろ」

 

父「お前はあん時、読書感想文で全国大会に行ったんや」

 

私「・・・・・・」

 

父「気付いたか?そうや、お前の幸せはユミの不幸と比例しとる」

 

私「そんなん偶然やろ」

 

母「違うんよ。このノート見て」

 

古い汚れたノート。

 

薄っすら黄ばんでいる。

 

それを開くと、びっしりと小さい字で私の名前と妹の名前が書いてあった。

 

▲月△日◎◎曜日

【○○が習字コンクールで金賞】

【ユミが頭を怪我。5針縫合】

 

▲月△日◎◎曜日

・・・・・・

・・・・・・

 

正直、薄気味が悪かった。

 

そのノートを見ると、確かに父の言うことは納得出来る。

 

それに、私が良いことがあり喜んでいると妹の身に何かあり、『良いことがあれば悪いことが起こる』という方式を自分の中で作っていたことも思い出した。

 

父「お前はな、”いみご”なんや」

 

私「・・・いみごって、忌むに子でいいんかな?」

 

父「そうや」

 

私「・・・・・・」

 

その時はまだ意味は分からなかったけれど、とにかく“良くない意味”というのは理解出来たし、未知の恐怖で涙が出てきた。

 

父「ほんま、ごめんな。悪いと思ってるけど我慢して聞いてくれ。・・・大丈夫か?すまんな」

 

私「・・・大丈夫。続けて」

 

(続く)故郷から遠ざけられていた理由 2/2

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