母が幼い頃に体験した話。

 

母は両親に連れられて、ある呉服屋に行ったんだそうだ。

 

その呉服屋はかなり大きな木造建てで、店舗一階から二階までが幅のある大きな階段が通じていた。

 

店内は客や店員で混雑していたそうだが、ふと階段越しに二階を見ると、なぜか薄暗くて人の気配が無かった。

 

「二階はどうなっているんだろう?」

 

興味を持った母は、その大きな階段を上り始めた。

 

・・・と、その瞬間、人のざわめきが消えた。

異空間に入ってしまったのか

「あれ?」と周囲を見回すと、客も店員も居なくなっている。

 

店に所狭しと陳列されていた反物や服も無い。

 

電気も消えている。

 

空き家のようになった店内に、母一人が残されていた。

 

「何が起きたんだろう・・・」

 

突然の事に怯えながらも、突き動かされるように母は二階へと上がっていった。

 

二階は、体育館のような何十畳もある部屋だったそうだ。

 

明かりは無く、壁際に幾つも並ぶ小さな窓からの光だけが、薄暗い室内を照らしていた。

 

そして、そのだだっ広い空間の真ん中には一枚の布団が敷かれていて、若い女が一人寝ていた。

 

「こっちにいらっしゃい」

 

彼女の声にひかれて、母は近づいていった。

 

明らかに病身と思われる、やつれた風情の女性が上体を起こす。

 

やつれてはいたが、とても優しい声で、「どこから来たの?」、「お名前は?」などと母に尋ね、彼女は愛おしげに母の頭を撫でたという。

 

「お父さんとお母さんが心配するから、そろそろ帰りなさい」

 

そう促された母は、名残り惜しげに彼女を後にし、一階へと戻る事にした。

 

階段の上から階下を見下ろすと、やはり人が居ない。

 

母は手すりを触ったまま、階段を降り始めた。

 

ところがこの時、「手すりからちょっとでも手を離したら二度と元に戻れなくなる」という強い感覚に捕われ、母は手すりに手を押し付けたまま恐る恐る階段を下っていったそうだ。

 

さらに、「前を見ちゃいけない。顔を上げたらパっと元に戻っているように」とも思い、一身に足元を見ていたらしい。

 

そしてようやく一階に辿り着いて顔を上げると、人々のざわめきが戻っていたそうだ。

 

その後、母は何度もその呉服屋に行ったそうだが、二階は反物売り場で病身の女の人など居らず、人々が消える事も二度と無かったという。

 

(終)

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