起業

伝統産業を現代の感性に和えて、次世代につなぐ。 29歳女性社長の「感性の経営」

日本の伝統産業の衰退が叫ばれて久しい。織物や漆器など、伝統産業の象徴といえる京都市でも事業者の半数超が生産量の減少に直面し、6割近くが後継者不足に悩んでいる実態が明らかになっている。 そんな逆風の中、職人技や伝統文化に魅せられ、その魅力を次世代につなぐために活動する若き女性経営者がいる。 「株式会社和える」代表の矢島里佳氏は、大学生だった2011年春に同社を立ち上げ、伝統産業と赤ちゃん・子どもの市場を掛け合わせるという常識にとらわれない発想で立ち上げた“0から6歳の伝統ブランドaeru”をはじめとする、様々な事業を展開している。経営者であると同時に、商品開発のプロデューサーであり、多数の講演やイベントも手がける伝統産業の魅力の発信者でもある。弱冠29歳の女性社長の「顔」は実にさまざまだ。 伝統産業を守るのではなく、現代の感性と和えて、次世代につなぐ――。そんなポリシーを持ち、目先の数字ばかりを追わず、長期的な視点と感性を重視する。穏やかな口調とは裏腹に、独自の経営哲学をぶれずに貫く矢島氏に、話を伺った。

利益は最終目標ではない、「和える」の意義とは

――会社名の「和える」という言葉にまず目が留まってしまいます。名は体を表す、ともいいますが、どのような想いがあるのですか。

矢島 「和える」は日本の伝統産業を次世代につなぐことを目的としています。それを実現するために、私たちが大切にしている物事へのアプローチが、和えるという手法なのです。新しいものが、今あるものの形をすっかり変えてしまうのではなく、それぞれ形を残しつつ、お互いの魅力を引き出し合いながら新たな価値を生み出す手法です。「ほうれん草のごま和え」は、素材の味は残りながらも、合わさってより美味しくなりますよね、まさにあのイメージですね。

伝統産業の職人さんたちは、長年にわたり受け継がれた素晴らしい技術を持つ一方で、今のやり方では事業が続かないという危機感も持たれています。職人さんたちの技術を学んで、今を生きる私たちの感性と和えることで、新しい何かを生み出せると考えています。そして、私たち「和える」をきっかけに、ただ伝統産業について知ってもらうだけでなく、その裏にある先人の智慧(ちえ)や、ていねいな日々の暮らし方などを意識するような価値観の変化が生まれることを、なによりやりがいに感じています。

――起業から1年後に、“0から6歳の伝統ブランドaeru”を立ち上げ、さまざまなメディアで取り上げられていますね。伝統産業にとっては、売り上げの増加や販路開拓が急務の状況ですが、数字面での手応えは感じていますか。

矢島 日本のビジネスはつい数字にばかり目が行きがちですが、「和える」は利益の追求を最終目的に据えていません。もちろん会社である以上売り上げも大切ですが、「売ること」を最上位に設定すると、どうしても大人の事情をくんで、妥協した商品ができ上がってしまいます。それでは短期的に売り上げが上がったとしても、長い目で見て、商品の本当の魅力や職人さんの技術が伝わりきらないまま、一過性で終わってしまいます。 

伝統産業を元気にする「即効薬」は簡単には見つからないというのが、私の考えです。急がば回れ。多少時間がかかったとしても、丁寧にお伝えし、一人でも多くの方に知っていただける仕組みを作ることが大切です。ただ、職人さんたちから、私たちと仕事をしたことで「新たに雇用を増やせた」などという話を聞いたときは、素直に嬉しいですね。

幼少期から伝統産業の魅力に触れてもらい、循環を生み出す

――「日本の伝統を次世代につなぐ」というテーマの中で、なぜ赤ちゃんや子どもの市場と伝統産業を掛け合わせることにしたのでしょうか。

矢島 伝統産業が衰退する大きな理由として、私たち日本人が幼いころから伝統産業品に触れる経験が少ないからではないかと考えました。赤ちゃんの頃から、暮らしの中で触れていただき、その質感やぬくもりを体感していると、やがて大人になったとき、暮らしの中で使うものとして、丁寧に作られた伝統産業品が選択肢に入るという良い循環が自然に生まれるのではないかと。

私自身、千葉県のベッドタウン育ちで、周りも比較的新しい住民の方が多く、おじいちゃん、おばあちゃんが身近にいて、古いものや自然に触れられる環境に憧れていました。さらに中学・高校で茶華道部に入って、日本の伝統文化により興味を持つようになりました。

ジャーナリスト志望だった19歳の頃、とあるご縁で大手企業の会報誌に伝統産業の職人さんたちを紹介する記事を書かせていただく機会に恵まれ、全国の職人さんたちを取材して回ったのですが、その技術の高さと智慧に心から感動しました。同時に、なぜこんな魅力的なものが衰退していくのだろうと、強い疑問を感じたのです。

そんな中、愛媛県の砥部焼(とべやき)の工房を訪ねた時、器に絵付けがされた子ども用の作品に目が留まりました。お客さまに頼まれて作られたそうなのですが、私は「これだ!」と思いました。当時は、伝統産業とベビー用品を組み合わせた商品の市場がありませんでしたし、生まれた時から伝統に触れていれば、自然と伝統を知ることができますよね。日本では出産祝いという風習は定着しているので、職人さんが心を込めて作ったお祝いを贈られた赤ちゃんが大人になった時に、また同じように、出産お祝いには日本の伝統を贈るという文化が育まれたら、単にモノを贈るのではなく、想いを贈ることにつながります。そのような事業のプランを考え、ビジネスコンテストに出したところ、優秀賞をいただくことができ、賞金を資本金に、「和える」の起業に至りました。

――22歳での起業は大変な勇気が必要だったと思いますが、周囲の後押しもあったのですか。

矢島 起業を決意した当時は、周囲から「伝統産業品を若い人が買うとは思えない」と言うお言葉をいただいたこともあります。ただ、私には大人たちが伝統産業の魅力や、つなぐことの大切さに「気づいていないだけだ」という考えが強くありました。戦後、経済を必死になって発展させてくださった先人たちは、文化や伝統を置いてこざるを得なかったのだと思います。

ならば、先人が築いた豊かさの恩恵を受ける私たちは、文化や伝統を今の時代に引き戻す役割を担わなければいけないし、それができるぎりぎりの世代だと思っています。経済だけを優先するのではなく、文化や伝統を引き戻しつつ、これらを両輪として日本経済を発展させるのがこれからの経営者のあるべき姿ではないかと考えています。また、バブル崩壊以降のいわゆる「失われた20年」に生まれた私たちの世代は、景気が上向きだった頃を知る先人が考えているほどの経済的な不自由さは感じていないかと思います。むしろ、「価値がある」と考えるものにはしっかりとお金をかけるように、伝統産業に対する考え方についても少しずつ良い変化が起きているのではないでしょうか。

――その理想を具現化するためには、儲けが第一じゃないとしても、やはりファンがつかないとという現実があると思います。身近に売っているベビー用品と、どう差別化を図っているのでしょうか。

矢島 なぜこのデザインにしたのか、なぜこの技術を活かしたのか、1つひとつに妥協せず、意味を大切にしています。そのため、1つの商品を生み出すのに長い場合は3〜4年をかけることもありますが、これも私たちのこだわりです。

例えば、青森県の「津軽塗り」と福岡県の「小石原(こいしわら)焼」、沖縄県の「琉球ガラス」でお作りしている『こぼしにくいコップ』という商品は、段差をつけることで、手の小さな赤ちゃんや子どもが両手で持った時に、指で支えやすく落としにくい形にしています。aeruの商品は、大人になってからも、ずっと使えるように、デザインをあえて子ども向けに可愛いらしくするわけではなく、その土地の伝統の技術を活かしながらシンプルに仕上げています。また、陶器や磁器の『こぼしにくい器』は、作る際に、焼くとガラス質に変化する釉薬(ゆうやく)を掛けるのですが、底面にはあえて釉薬をかけず、素焼きのままにしていて、産地ごとに異なる原料の石や土の色や手触りを、子どもが感じ取れる工夫をしています。

『こぼしにくいコップ』シリーズは、コップやおちょことしてなど、子どもから大人まで使えるデザイン

愛媛県の職人さんと作った『愛媛県から 手漉(てす)き和紙の ボール』は、籐(とう)という植物で編んだボールに和紙を何度も漉いて作るのですが、自然と繊維が絡まなかった部分に、指が入るほどの大きさの穴が開いています。子どものころに障子に指で穴をあけた経験のある方も多いと思いますが、今は障子のある家が少なくなり、和紙に触れる機会のない子どもたちも増えてきました。和紙のボールを投げたり、好きなように穴をあけたり、自由に遊んで和紙の感触に親しんでもらいたいと考えています。そして、大きくなったら、インテリアとして、そばに置いていただけるようなデザインにしています。

インタビューが行われた“0から6歳の伝統ブランドaeru“の東京直営店「aeru meguro」(東京・目黒)の店先の『愛媛県から 手漉(てす)き和紙の ボール』

――子どもは無邪気にモノを壊します。手間をかけて作った焼き物をニコニコしながらガシャンとやってしまいそうですが、そのあたりのリスクはどう考えていますか。

矢島 「壊す」という経験は決してリスクではなく、とても大切なこと。ものは丁寧に扱わないと壊れてしまうということを学ぶ大事な機会と捉えています。器やコップをもし割ってしまった場合でも、金継ぎや銀継ぎという方法で、お直しをさせていただいております。和紙のボールも、和紙の漉き直しという形でお直しすることができます。子どもたちにとっては、割れたり、壊れたりすることを知ることもお勉強のひとつ。「壊れたら捨てる」の一択ではなく、直しながら長く使えるものだと知っていただきたいですし、長く使い続けることで、ものを大切にする心を育むことができればと思っています。

「待つ」経営で大切な視点とは

――小さな子どもが大人になったら、という発想はとても根気がいる気の長いことです。あらゆるもののIT化によってスピード感が求められる世の中で、じっくりと腰を据えていますね。

矢島 経営においては、「待つこと」が大切だと考えています。こういう社会を作りたいというビジョンを常に描き、時代や世の中の空気がそれに合う瞬間が来るまで、アンテナを張りながら待っています。描いた図のパズルのピースを集めるように、準備はしっかりしておいて、機が訪れたら一気に動けるようにしておきます。このようなスタンスでこれまで、日本全国の数百人の職人さんたちとの関係性を築いたり、様々な事業を立ち上げたりしてきました。

徳島県の本藍染職人と打ち合わせを行う矢島代表(写真提供:株式会社和える)

――伝統産業とは真反対にあるとも取れるITについては、どのようにお考えですか?

矢島 私たち「和える」は、オンラインショップからスタートしましたし、例え資本が少なくとも、アイデアと実行性があれば今はITを活かして誰でもビジネスを立ち上げるチャンスがあります。ITが起業における資本家の優位性を変革したという点では、その恩恵を感じています。

ただ、インターネットでいろんな物事を見たり知ったりできる一方、何でもわかった気になってしまうのは怖いことだと感じます。ITを活用して業務を効率化した分、しっかり現場に足を運んで、現場の音、香り、空気感、あらゆるものを学ぶ姿勢が大切だと考えています。私たちは、商品そのものはもちろん、作る過程にこそ何かを生み出すヒントがあると考えています。また、現場を知ることが、お客様に商品の魅力をお伝えする際の強みにもなるのです。

――未来予想図の土台には「現場」が要素の一つとしてあるのですね。その予想図を描く際に、どのようなことを意識しますか。

矢島 今の時代は、あっと驚くような新しいことって、そうそうないと思っています。ビジネスモデルにしても、すでに先人たちが生み出したものでほとんど出尽くしたように感じます。だからこそ「新しい」にこだわりすぎるのではなく、「そこが欠けていた」という点に気づく感性が大切ではないでしょうか。

例えば、「泊まって、その地域の伝統や文化を感じられるホテルの一室をプロデュースしたい」と、何年も前から新しい事業の構想を考えていて、あちこちで口にしていたのですが、それは職人さんたちに会いに出張する度に、全国の様々なホテルに泊まる中で、そうした部屋が少ないと感じていたからです。ぼんやりした話だと流されてしまうので、どのような空間で、どんな家具を置いてという具体的なビジョンを言い続けて、機を待っていました。すると、知人から「紹介したいホテルの経営者がいる」というお話をいただいて、一気に事業の立ち上げに向けて話が進展したのです。

長崎の伝統や文化を感じられる調度品を揃えた、第1号“aeru room”長崎「 長崎の伝統や歴史を感じるお部屋」(写真提供:株式会社和える)

明珍火箸の音色を聴きながら、ゆったりと過ごすことのできる、第2号“aeru room”姫路「 明珍火箸 瞑想の間」(写真提供:株式会社和える)

それが形になったのが、2015年にスタートした“aeru room”という新規事業です。 第1号は長崎に誕生した「長崎の伝統や歴史を感じるお部屋」。長崎の出島で使われていた唐紙を天井に活用したり、平戸で醤油の輸出用に使われていた波佐見(はさみ)焼のコンプラ瓶をバスルームに使ったりと、長崎の歴史や伝統を泊まって感じられるお部屋です。第2号は姫路の「明珍火箸 瞑想の間」で、姫路の代表的な伝統産業品である明珍火箸の音色を聴きながら、自分自身を見つめ直す時間、ご夫婦やお友達とゆっくり語らう時間を過ごしていただける空間に設えました。

感性の言語化をめざして、伝統産業に科学のメスを

――起業から6年経ちましたが、今後の展望はどう考えていますか。

矢島 「伝統産業をつなぐ」ための仮説、検証、実証を繰り返し、「和える」自身も価値観をさまざまに変化させてきたのがこの6年間です。その変化を経て、最近は「つなぐ」という段階から、「つなぐための仕組みづくりをする」というステージに入りつつあると感じています。

その一環として、私ども「和える」の商品の魅力を、感性はもちろんですが的確に言語化して伝えていきたいと考えています。例えば、本藍染のタオルをお客さまにお勧めすると「藍は色移りするから……」と敬遠されることがあります。その際、この本藍は天然灰汁発酵建てですので、化学染料で染めた藍のように色落ちはしても、色移りはしにくいとお伝えすればご納得していただきやすいと思うのです。

オーガニックコットンを職人が染め上げた本藍染めシリーズは、思わず頬ずりしたくなるような肌触り

他にも、漆(うるし)のお箸でごはんを食べたときに、ご飯がよりおいしく感じたのですが、それはなぜなのか。まだまだ構想段階ですが、伝統産業品が五感に与える影響の研究など、様々な科学的な知見からも伝統産業の世界を言語化できないかと考えています。

――感性の経営を土台としていますが、その成果をどう数値化しようと考えていますか。

矢島 日本ではまだなじみがありませんが、私たちは「インパクトレポート」を出していきたいと考えています。インパクトレポートとは、簡単に言うと、経済指標では測りきれない価値を見える化するものです。具体的には、私たちの商品がある保育園の給食で使われると、1年で何人の子どもたちに日本の伝統に触れていただけるか、2年、3年経つと何倍に増えていく、といったようなレポートです。

「和える」は、利益追求が最終目標の会社ではないので、既存の経済指標では価値を測りきれないと考えています。伝統産業をつなぐために、会社として社会に与えるインパクトを見える化し、職人さんはもちろん、商品に触れるお客さまや「和える」に関わる人みなさんの幸せを最大化できるよう、これからも新たな事業に挑戦していきます。

TEXT:國府田 英之(POWER NEWS)

伝統産業を現代の感性に和えて、次世代につなぐ。 29歳女性社長の「感性の経営」Mugendai(無限大)で公開された投稿です。

The post 伝統産業を現代の感性に和えて、次世代につなぐ。 29歳女性社長の「感性の経営」 appeared first on デジノ杜.