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20万人を動員する演劇界の最先端集団「劇団☆新感線」の新たな挑戦

大阪で、大学演劇の仲間と立ち上げた小さな劇団。つかこうへい作品の完全コピーから始まった彼らの演劇活動は、現在まで35年を超えて続き、年間20万人もの観客動員を誇るモンスター劇団として、この国で唯一無二の輝きを放っている。

「劇団☆新感線」。彼らが存在する以前と以後では、日本の演劇史に境界線が引かれ、新感線はもはや「一ジャンル」と言っても過言ではない規模の舞台作品を、創作・上演し続けている。そんな劇集団が2017年春、また新たなフロンティアに足を踏み入れた。日本初、客席が360度回転する劇場「IHI STAGE AROUND TOKYO」(東京・豊洲)での連続公演という、過激なチャレンジだ。その渦中に立ち、屋台骨を支える劇団代表、演出家・いのうえひでのり氏の目にいま、映る風景とは。

スクリーンが自在に動くことに驚いた

――オランダから日本に初上陸した“約1300の客席が360度回転する劇場”。そこで劇団初期の代表作であり、これまでもリ・クリエイションを重ねてきた代表作『髑髏城の七人』を、キャストや演出を変えた5バージョンで通年演出し続ける、という未曾有の企画が進行中です。現地へも視察に行かれたのですか?

いのうえ 行きました。オランダの劇場が開場して以来、ロングラン公演しているヒット作『女王陛下の兵士』と、回転させずに使っている『アンネの日記』の2本を観ました。正直“オランダの演劇界”と聞いても、具体的なイメージは何も湧いてこなかったのですが(笑)、まずは現物を見てみなければ、と。

「客席が回る」ということがどういうことか、自分なりのイメージは持っていました。結果的に現物は、そのイメージを超えるものではなかったし、舞台の奥行きも当たり前ですがあまり深くなく、どうしたものかなと。ただ、舞台前面を覆う形で開閉するスクリーンがあって、それが自由自在に動くことには驚かされました。この劇場の利点は間口の広さでしょうね。新橋演舞場二つ分くらいのドーンとしたセットが建てられますし、そこに加えてスクリーンの映像が加えられますから。

――そこからすぐ、“回転する劇場”でやってみたいと思えましたか?

いのうえ 具体的な作品名ではなく、「一度はやってみたい」という気持ちは湧きました。ただ、主催者(TBS)側からは「やるなら一本ではなく年単位で」と言われてしまい、躊躇しました。僕らには東京だけでなく、大阪や福岡など各地に待っていてくださるお客様がいます。各地での旅公演も入れた全体で70~80ステージということはあっても、1カ所でそれほどの数はこなしたことがありません。また、シングル・キャスト(公演中、一つの役を一人の役者が演じる)ということも、ロングラン公演できるのか不安に思っていた理由の一つです。

――その躊躇を乗り越えさせたものは、いったいなんなのでしょうか?

いのうえ やはり「まだ誰もやったことがないこと」ということに心ひかれました。それにいま、僕らが公演するのにちょうどいい規模の劇場がないんです。いわば常打ち小屋(じょううちごや=いつも公演をする劇場)になっていた青山劇場が、2015年に閉館してからずっと抱えている問題です。他の大手劇場は母体が製作部門を持っているので、そこで公演するためには提携など、何らかの協働が必要になります。そんな状況で舞い込んできた依頼だったので、「これはやれということか」と思い定めたところはありますね。

真っ先に思いついた演目が『髑髏城の七人』

――作品として『髑髏城の七人』を選び、「花・鳥・風・月・極」の5期にわたる上演形態になった経緯を教えてください。

いのうえ 先ほどもお話した通り、シングル・キャストが前提の新感線公演では、一年間同じ作品を上演し続けることが難しくなります。かといって、作品ごとに舞台美術を変えるというのは、費用や手間の点で問題が多すぎます。特に客席が360度回転する今回の劇場では、工事のような作業が必要になるので。

ならば、同じストーリーボード(物語の筋や場面が書かれた絵コンテのようなもの)でも、演出やキャストで変化が見せられる作品をアレンジして上演するのが望ましいと考え、真っ先に思いついたのが『髑髏城の七人』(初演は1990年)でした。この作品は以前にも『アカドクロ』『アオドクロ』(いずれも2004年)、『ワカドクロ』(2011年)などの別名をつけ、座組みや場所を変えて上演を重ねてきた演目です。遊郭や荒野、要塞のような城など、見せ場たっぷりに場面も変わります。

――「いのうえ歌舞伎(新感線の演目の中で、ストーリーラインが明確にある時代劇シリーズの呼称)」の中でも、最も数多く上演されている作品ですね。

いのうえ そうですね。メイン級を含め、どの役も演じる役者が変われば新たなキャラクターとして造形できる振り幅があるため、繰り返し上演できるし、観客にも求められ続けるのでしょうね。役としても若者からベテランまで網羅していますし。

――第一弾の「花」(2017年3月~6月)を経て「鳥」(同6月~9月)が終わり、「風」が幕を開けました。ステージアラウンド(360度回転する今回の劇場)を使ってみての手応えはいかがですか?

いのうえ やはり、やってみてわかることが多いですね。たとえば、シーンの並べ方です。従来の劇場であればセットや道具を動かして場面を転換しますが、ステージアラウンドでは客席が回転して次のシーンへと向かいます。どうしても無駄に回さなければならないことも出てきますが、それをなるべく避け、滑らかに先へと進めるため、この劇場ならではの展開のさせ方を習得しつつあります。それらを加味し、新たな演出に変えている最中ですね。そうしないと、基本は同じ戯曲ですから、自分自身が「この絵、前も観たな」という印象から抜け出すことができません。

――ご自身の、演出家としての手つきを見つめ直すことになりますね。

いのうえ 自分のできること、程度なんて大体わかっていますけどね(笑)。手を変え、品を変え、持てる手管は出し切るつもりで臨まなければ、この企画はやり抜けません。それだけ手を加えても芯が揺るがないのが『髑髏城の七人』という作品の魅力です。ベースには黒澤明の映画『七人の侍』があるのですが、一見、無名無力の人々が集まって巨悪に立ち向かう物語や、歴史の隙間を想像で埋める醍醐味など、日本人の好きなポイントが作品にいくつもあるからでしょうね。

「新感線がやらなければ」という使命感

――この企画に先駆けた2015年、劇団は35周年を迎えました。同じ年の7月には全キャスト歌舞伎俳優で創作した、歌舞伎NEXT『阿弖流為<アテルイ>』を新橋演舞場で上演しましたね。

いのうえ 歌舞伎の世界に入っていっての創作は本当に刺激的で面白かった。『阿弖流為』はそもそも僕らの作品に市川染五郎さんを迎えてつくったものです(2002年上演)が、オール歌舞伎キャストで再創造することで、さらなる可能性を感じられました。今後も続けていきたいと思っています。

——さらに2016年初頭には、ご自身の演劇的ルーツである、つかこうへいの代表作『熱海殺人事件』を、つか氏と共に歩んで来た俳優・風間杜夫、平田満の出演で演出されました。一連の“流れ”をどう感じていらっしゃるのでしょうか?

いのうえ 『熱海殺人事件』は1980年、新感線の旗揚げに上演した作品です。口立て(稽古中、その場で俳優に口頭で台詞を伝えながらつくるスタイル)で稽古するつか作品は戯曲が存在しないので、舞台を録音したテープを手に入れて、そこから写経のように台本を起こして自分たちで稽古しました。そんな作品を、つかさんと同時代を走り抜けた風間さんと平田さんのお二人とやれるのは、そりゃあ感慨深いものでした。でも特別な意味づけはしていないんですよ。“流れ”というか、そういう機会に恵まれただけだと思っています。

新感線の旗揚げ公演『熱海殺人事件’81~野獣死すべし』(1980年)。左が出演しているいのうえ氏。ヴィレッヂ提供

——ステージアラウンドでの新たな挑戦もその流れの中にあるのでしょうか?

いのうえ 使命感のようなものを感じているのかもしれません。ステージアラウンドでの長期公演は、まだ誰もやっていないことで、誰にでもできるというものではありません。だとしたら、これまで一緒にやってきてくれたスタッフを含めた総合力で「新感線がやらなければ」、という気持ちはありますよね。もっとも、現在はちゃんと見届けている感覚がなく、達成感を味わうのはこのシリーズをすべて終えてからになりそうです(笑)。

人との出会いがモチベーションを上げる

――大学時代から本格的に始まった、いのうえさんの演劇人生も37年目を迎えましたが、ご自身の演劇に対する想いや熱量に変化はありますか?

いのうえ 時期や場ごとにある人との「出会い」が、僕が演劇を続けるためのモチベーションとして非常に大きなものなんです。「この人とならアレができるかも」「この人とこういうことがしたい」、あるいは「昔こういうものが好きだったけど、最近観ないな。でもこの人がいればできるんじゃないか」というようなことを常に考えていて、そこから広がることが多い。

最近では、先にも話した歌舞伎界、歌舞伎俳優との出会いは大きな刺激になりました。着物の着こなし、所作ひとつをとっても、いまの日本を生きる僕らとはまったく違うものを持っている。そういうものを取り込んだ舞台を、もっとつくりたいと思います。

――「出会い」を契機に新たな創作への道をひらき、それを連鎖させていく。その大きなエネルギーの源となるものは、なんなのでしょう?

いのうえ 基本は、好きなことしかやれませんからね(笑)。ただ、インプットは必要なので時間の許す限り、舞台や映画を観るようにしています。年間で舞台は80本くらい、映画は100本以上観るでしょうか。ライヴは最近行けていないですけど。

――間断なく稽古と公演をしながら、その数は驚異的ですね。

いのうえ 多いときは一日3作品、根性で観ます。最後のほうは居眠りまじりのこともありますが(笑)、それでも作品が面白ければパッチリ目は開きます。そういう時は楽しみつつも、「コレどこかで使えるかも」というネタ探しに余念はありません。休みはだいたい、そうやって過ぎてしまいます。好きなことを追求していくと、仕事もオフも境目がなくなるんですね、きっと。

細分化が進む最近の演劇シーンの意味とは?

――新感線は間違いなく、日本の演劇の最前線を走る劇集団のひとつだと思います。それを率いるいのうえさんから見て、いまの日本の演劇シーンはどのように見えているのでしょうか?

いのうえ 僕らが演劇を始めたころに比べると、日本の演劇シーンも随分変わりましたよね。僕らも特殊な例だとは思いますが、劇団を設立した当初は松尾スズキさんの「大人計画」、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの「ナイロン100℃」など、方向性はバラバラなのに、どこか「小劇場」という言葉でくくれる感じがしました。でも、最近は細分化が進み、ひとくくりにできないさまざまな枝葉が伸びて、規模もカラーも多様な小集団が非常に増えている感じがします。

――確かに、若くて劇団自体は小さくても、戦略的に活動している集団が増えた気はします。

いのうえ そうですね。若い子たちが賢く立ち回っている印象は確かにあります。インターネットなどのメディアをどう使うかを含め、劇団活動から「どうしたら俳優として売れるか」まで、マニュアル化されている感じもしますよね。僕らは「熱量だけは誰にも負けない!」と、何も考えずに30代くらいまでやってきてしまいました。それではいまの時代、生き残れないのかもしれません。

――演劇界の変化に合わせた方向性の変更なども、考えることはありますか?

いのうえ 結局、僕は自分が本当に面白いと思う、好きなことしかできないんですよ。幸いなことに、それを楽しんで下さるお客様が、ずっと一緒に走り続けてくれています。だから当面は、自分の求めるところに嘘をつかず、つくり続けるしかないと思っています。

――その結果、動員とともに作品や公演の規模も膨らみ、現在はチケットの料金も1万円を超える、決して安くない価格になっています。そのことは、どうお考えですか?

いのうえ 確かに手ごろとは言えない価格です。僕も、歌舞伎を観にいくたび「たっかいなぁ」と思っていた時期がありました。でも、あの舞台の幕が開くまでにどれだけの人が働き、本番中も相当数のスタッフが稼動し続けていることや、歌舞伎俳優の生まれた時からすでに始まっているような修練の時間を考えると、このくらいの対価は払わなければと思うようになっていきました。

古典芸能にたとえるのはおこがましいですが、結局、僕らには支払っていただいた金額に見合った、満足していただける作品をつくることしかできないんです。一人でも多くの方に満足していただけるための努力と研究は、手も気も抜かずに続けていかなければいけないと思っています。

――IHI STAGE AROUND TOKYOでの公演が終わったあと、その先にやりたい企画などはありますか?

いのうえ いやぁ、目の前のことで精一杯です。全公演を終えたら……みんな疲弊しているだろうなぁ。むしろ「やっとシャバに出られる!」と弾けた気持ちになるかも知れない。何せ通う場所が豊洲1カ所なので、ちょっと閉じ込められている感があるんですよ(笑)。豊洲の公演が終われば、お預けだった旅公演もできるわけですし、再び世界が開かれて、新たに旅立てる感覚はきっと気持ちイイんじゃないですかね。

TEXT:尾上そら

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安全な空の旅を約束する、AIの360°航空機メンテナンス

海外旅行が身近になり、グローバル規模のビジネスも増えた今、1日に数万便もの航空機が世界中を飛び回っているといわれます。

ひとたびトラブルが発生すれば大惨事になりかねないため、慎重に慎重を期して当たる必要のある航空機メンテナンスですが、この作業を人工知能の力でサポートしようという動きが活発化しつつあります。

Watsonがエンジニアの診断をサポート

国際航空会社の大韓航空は、航空機のメンテナンスの効率化を図るためにIBM Watsonを活用しています。

大韓航空では長期にわたって機体のメンテナンス記録を蓄積してきましたが、つい最近まで、その大量のデータを実質的に業務に生かせていませんでした。このため、技術者は航空機にトラブルが発生するたび自力で原因を突き止め、修理に当たっていましたが、そんな状況がWatsonの導入により劇的に変化しました。

Watsonは、自然言語で記述された航空機のメンテナンス記録やテクニカルガイドライン、技術者のメモ、IoTセンサーから送られてくるデータなどを読み込み、機体のメンテナンスに役立つ情報を収集・分析します。分析結果はキャビン・クルーや管制塔、メンテナンス・スタッフに送り届けられ、スタッフはレポートを参考に機体のトラブルや故障を特定して対応に当たることができるようになりました。

欠陥履歴の分析にかかる時間を90%短縮

大韓航空のケースでは、Watson ExplorerやNLU(Natural Language Understanding/自然言語理解)などをはじめとした最新のコンテンツ解析技術が、膨大な非構造化データの分析に活用されています。

故障原因の特定や適切な対応方針の提案を行うことで、欠陥履歴の分析にかかる時間が従来の90%も短縮されたとか。不測の事故によるフライトの遅延が削減されれば、年間2500万人に及ぶ同社の乗客に、より快適な空の旅を提供することが可能となるでしょう。

大韓航空のメンテナンス・クルーを支えるWatsonの雄姿を、下記の360°動画でぜひご覧ください。

photo:Getty Images

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本気の「働き方改革」――妊娠・出産には、男女とも現役でいられる期間に限りがある

20〜30代の働く女性のうち9割が「両立不安」を抱え、2人に1人が、仕事と子育ての両立に不安を抱えており、出産を先延ばししているという。何とか打開策はないものだろうか。そこで、「仕事」「結婚(パートナーシップ)」「出産と子育て」という3つの“ライフイベントの山”」と自律的キャリアを説く少子化ジャーナリストで作家の白河桃子氏にお話を伺った。 見えてきたものは、「本当に必要な少子化対策とは、子どもを産む女性本人、パートナー、社会全体という3者の意識や行動のあり方に関係するものだ」ということ。 「働き方改革以外に、少子化対策の処方箋はないと思っている」という白河氏の結論から、インタビューはスタートした。

若いうちの出産・子育てが容易ではない社会

――今の日本は、「女性が子どもを産みにくい社会」と言われますが、産むことのハードルとなっている、いわゆる「社会的不妊」について、お考えをお聞かせください。

白河 最近の調査に「両立不安白書」というものがあります。仕事と子育ての両立を体験するプログラムを、学生と企業に向けて展開しているスリール株式会社が、2017年7月に発表したものです。 これによると、「仕事と子育ての両立に、不安を感じた経験はありますか?」という問いに対し、20〜30代の出産経験がない働く女性のうち、実に92.7%が「はい」と回答しています。また、「仕事と子育ての両立」への不安が原因で、「転職や退職を考えた経験がある人」が50.4%、「妊娠・出産の時期を遅らせることを考えたことがある人」が46.6%にも上ります。 こうした不安を感じながらも、その80.3%の人は「現在の仕事は充実している」と答え、66.5% の人が「求められれば、マネージメント(管理職)を経験してみたい」と考えています。 この調査から分かるのは、仕事は充実しておりキャリアを積むことにも意欲を持っているが、子育てとの両立にはものすごく大きな不安を感じていることです。こうした「両立不安」への対処が、喫緊の課題です。

現在、日本では出生児全体の約21人に1人が、高度不妊治療により誕生しています。『「産む」と「働く」の教科書』で共著をしていただいた不妊医療の権威である齊藤英和先生(国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 副センター長)によると、受診した女性の平均年齢は38歳(2013年)だそうです。 「1年でも2年でも早く受診していたら、何の問題もなくお子さんを授かることができた人が多い」とのこと。こうした背景には、「仕事をしながら若いうちにパートナーを持って出産および子育てをする」ということが容易ではない社会の状況があるわけで、それがまさに社会的不妊の要因です。 不妊治療の研究開発が進んでも、妊娠の確率を0.1%上げるのは、非常に難しい。だからこそ、「男女ともに妊娠には適切な時期がある」ということを子どもが欲しいと願う人に啓蒙、教育をしていく必要がある、と考えています。

妊娠は個人的なものなので、平均値はあまり通用しません。40代で出産する人は全体の5%くらいいますし、20代は妊娠・出産のために万全かというと一概にそうは言えない。しかし、産みやすい年齢はいつかというと、やはり20代から30代前半までと言われています。そして、これは声を大にして言いたいのですが、妊娠のために最適な年齢は男性にもあります。年齢とともに精子の劣化が起こり、35歳以上は男女とも難しさは「おあいこ」になるのです。

ワンオペからチームへ、育児も稼ぎもシフト

――女性のキャリア形成について、どのように考えるべきでしょうか。

白河 女性が活躍するためには、3つの条件があります。1つめは、長時間労働でないこと。労働時間によって差別がないことと言い換えてもいいでしょう。時間内の成果でフェアに評価されるべきなのです。2つめは、年功と仕事を結び付けないこと。○○歳だからこの仕事、○○歳だから管理職に挑戦、というようでは、キャリア形成に柔軟性がありません。米国では履歴書に年齢を書きません。年齢差別になるからです。3つめは、パートナーである男性が育児にしっかりと参画できること。

この3つの条件が揃わないと、女性の活躍は無理だと私は思っています。日本と韓国の女性は世界一労働時間が長くて、世界一睡眠時間が短い。それは男性の家事・育児への参加度の低さと関係している、というデータがあります。日本の女性は、外で働く時間と家庭内で無償で働く(ケア労働)時間を合わせると、世界で一番労働時間が長いのです。もうこれ以上、女性の労働時間を増やすのは無理です。ワンオペ育児(ひとり=ワンオペレーションで育児を担うこと)をしている女性たちが、「女性の活躍」を求められても、パートナーの育児参加なしには社会で活躍することはできません。

この対策を考えるにあたり、私は「男性の働き方を聖域にするのはやめよう」と言っています。これまでは一家の大黒柱、つまりワンオペ稼ぎの担い手として、男性は槍が降っても会社に行かなければいけなかったわけです。しかし、今後はチーム稼ぎになると考えたら、おそらく男性も解放されます。仕事でもっとチャレンジしたり、転職したり、視野を広げていくことができるでしょう。育児など家庭での生活をもっと楽しめるようになると思います。

夫にとって、妻がある程度の収入を得ているというのはリスクヘッジになります。妻が正社員で共働きの場合、生涯の世帯年収が2億円くらい増えると考えられています。それを諦めるかどうか、夫婦でよく話し合った方がいいと思います。 男子学生たちには、「専業主婦、パートタイマー、派遣社員、正社員。女性の働き方で、家計はこんなに違う」とファイナンシャルプランナーが作った世帯年収の一覧表を見せています。すると彼らは、数字に説得され、「将来は共働きしたい」「自分も育児をやらなくては」と考え始めるようです。

ダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容と活用)が不可欠

――それでは、会社側はどう変化していくべきでしょうか。

白河 意識を変えて育児参加すべきだと言われても、男性も辛いところがあります。 最近、イクメンだけでなく、イクボスの必要性が言われるようになってきているのは、会社と上司が変わらないと何も変わらないという実情があるためです。

さらに、長時間労働を良しとする働き方も、法律が変わると変わってくるはずです。受動喫煙も飲酒運転も、かつては普通のことだったと考えると分かりやすいと思います。政府の働き方改革実行計画では、時間外労働(残業時間)の上限を原則月45時間、年間360時間とし、特例の場合のみ年間720時間(月平均60時間)までの時間外労働が認められるとしています。特例を結ばずに45時間を超えたら罰則となります。労使で特例を結んだ場合でも、720時間が最長。月の時間外労働の上限は100時間未満(単月)で、99時間を超えたら罰則です。

資本金10億円以上の中堅・大企業を対象にしたロイター企業調査(回答した企業は約250社)によると、「新たに導入される残業上限規制の結果、事業に支障が出る」と回答した企業は約4割に上ります。また、「生産性向上への対応を検討する」とする企業は7割近くに達しています。 企業としては、レピュテーション(評判)リスクを考慮しないわけにはいきません。長時間労働による過労死などは社会が許さない。

また、会社側として、時間の制限などを設けるだけでなく、労働の質を評価する人事評価等にもテコ入れをしないと、本質的な改善にはなりません。 女性が活躍できない企業には、非財務情報である環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)といった要素を考慮するESG投資が来なくなります。「女性が活躍できていない企業は、投資条件から外されて、グローバルなチャンスを逃す」といったことです。 つまりダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容と活用)の実現が問われているのです。多様な人材が在籍して、どんな立場の人もしっかり発言でき、それを受けとめてもらえる環境があることが重要です。

これまでは女性の活躍やダイバーシティはお題目に過ぎず、利益やリスクに直結するとは捉えられていなかったきらいがあります。しかし、今が分岐点だと思っています。働き方改革をお題目だけでやると、労働時間が減ることで売上げにおいて負ける企業が出てきます。そこはしっかりと本質を見極めていく必要があります。

「一律から多様へ」「他律から自律へ」、そして「労働の量から質へ」。この3つの流れが起きることが、働き方改革の本質だと思っています。自律的に業務効率の改善をしているワーキングマザーたちには、働き方改革のお手本になってほしい。 というのは、「制約こそがイノベーション」だからです。限られた時間内で成果を出そうとなると、みんな工夫する。そこで自律的な働き方や新しいアイデアが生まれるでしょう。その意味からも、労働時間に制限を入れることは、取り組みやすいイノベーションになると私は思っています。

また、働き方改革の時代だからこそ、IT投資が進むという側面があります。かんぽ生命ではIBM Watsonを活用して、これまでベテラン社員が対応してきた難易度の高い査定の業務を、経験の浅い担当者でも実施できるようにしました。これもひとつの働き方改革です。ITに任せられることは任せると、人間は時間外労働から解放される、というケースはたくさんあると思います。

変化の主役はミレニアル世代。父親産休も

——働き方改革は、少子化対策につながっていくのでしょうか。

白河 子育て時期をどうやって乗り切っていくか、カップルで考えないといけないと思います。女性だけが働き方をあれこれ調整するというよりは、夫婦2人で考えていく、というのが一番重要なところです。 最近の若い世代は、やる気のある人ほど「早く結婚して、早く子どもを産んで、キャリアも続けたい」という考え方を持つようになっています。仕事一辺倒で頑張ります、みたいなのはカッコ悪いと思っている。ソーシャルな副業も、子育ても、仕事もオープンにして、それらの相乗効果も見せようとしている。「会社だけに自分の時間を使えない」と言います。 そんな彼女らは例えば「あの人を来月実施するイベントに呼びたいんだけど、誰かつてがある?」というような場合、広告代理店に頼らなくても、「私、LINEでつながっているので、すぐ連絡してみます」というように動けるのです。こういう社外のコミュニケーションが構築できる人は、仕事の幅も広がります。

ジョージタウン大学のメラニー・バービアさん(女性・平和・安全保障研究所所長)と国際会議で隣り合わせたときにも、この話題になりました。「最近の若い人たちは、活動の範囲が拡大している」と強調していました。「ウォールストリートでも採用面接の際、年俸に関する質問以上に、休暇はどれくらい取れるか、セクハラやパワハラに対処しているか、という質問が増えている。ミレニアル世代(2000年代に成人あるいは社会人になった世代)の特性だから、企業は彼らにとって魅力的な存在にならなければいけない」と言われたのがすごく印象的でした。

私の知っている日本のミレニアル世代の女性も、出産にあたり、「育児休暇は自分ではなくて、夫に取ってもらうことにしました」と言うんですよ。「どうしてそう考えたの?」と聞くと、「妊娠中から2人でずっと話し合っていて、この形が一番いいと決めました」と言うのです。そういうことをちゃんとカップルで話し合える世代が誕生したのだな、と思いました。

――それは、新しいですね。

白河 カップルで育休をとるのも良いのですが、もっとお勧めしたいのは父親産休を取得することです。出産の直後に、奥さんが実家や病院から自宅に戻ってきてから、わずか2、3日でもいいので、赤ちゃんと一緒に過ごすための父親産休を取ると、その後の育児が母親のワンオペになりにくいそうです。父親は何もできなくて、ずっと横にいてオロオロしながら見ているだけでも、子育ての大変さが分かるので、かなり違うようです。想像できるというのは、すごく重要なことです。実際は、奥さんと子どもが病院にいるときしか見ていないとか、奥さんが長く里帰りして戻ってきた頃には、すっかり母と子だけのオペレーションができていて、父親は入る隙がないことが多いわけです。

フランスでは、「子どもの受け入れと父親のための休暇」という名前が付いた2週間の父親産休がシステム化されており、国の負担分も法律で規定されています。フランス政府は「男は自然に父親にはならない」とはっきり見切って、「父親になる機会」を与えるために、こうした取り組みをしているんですね。フランスでは7割の父親が産休を取っています。

日本でもチャンスがあるのかなと思うのは、実は今、日本でパートナーの出産にあたり、隠れ産休を取っている男性は46%いて、2〜3日くらいを有給で取得しています。ただ、母子が病院にいる間に取得している人が多いので、それをちょっとずらして、実家や病院から自宅に戻ってきてから取得するだけでも、だいぶ違うと思います。男の人にとっても、さほど負担ではないので、まずはここから始めてみることをお勧めします。

人生には、仕事に全力を注げる時期と、出産や子育てのために仕事をセーブせざるを得ない両方の時期があります。そう割り切った上で、緩急をつけながら、その期間もとにかく働き続けることが大切です。 男女ともに自立をもって働くこと、また会社はこうした社会的なムーブメントに危機感をもって対応すること。そうしないと今後はミレニアル世代の台頭により、置いていかれるでしょう。今の動きは過渡期であり、混乱が起きてこそイノベーションであると私は捉えています。女性が仕事と子育てを両立しながら活躍する「働き方改革」を実現するには、できることから始めていくことが大事です。

TEXT:伊川恵里子

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本気の「働き方改革」――妊娠・出産には、男女とも現役でいられる期間に限りがある

20〜30代の働く女性のうち9割が「両立不安」を抱え、2人に1人が、仕事と子育ての両立に不安を抱えており、出産を先延ばししているという。何とか打開策はないものだろうか。そこで、「仕事」「結婚(パートナーシップ)」「出産と子育て」という3つの“ライフイベントの山”」と自律的キャリアを説く少子化ジャーナリストで作家の白河桃子氏にお話を伺った。 見えてきたものは、「本当に必要な少子化対策とは、子どもを産む女性本人、パートナー、社会全体という3者の意識や行動のあり方に関係するものだ」ということ。 「働き方改革以外に、少子化対策の処方箋はないと思っている」という白河氏の結論から、インタビューはスタートした。

若いうちの出産・子育てが容易ではない社会

――今の日本は、「女性が子どもを産みにくい社会」と言われますが、産むことのハードルとなっている、いわゆる「社会的不妊」について、お考えをお聞かせください。

白河 最近の調査に「両立不安白書」というものがあります。仕事と子育ての両立を体験するプログラムを、学生と企業に向けて展開しているスリール株式会社が、2017年7月に発表したものです。 これによると、「仕事と子育ての両立に、不安を感じた経験はありますか?」という問いに対し、20〜30代の出産経験がない働く女性のうち、実に92.7%が「はい」と回答しています。また、「仕事と子育ての両立」への不安が原因で、「転職や退職を考えた経験がある人」が50.4%、「妊娠・出産の時期を遅らせることを考えたことがある人」が46.6%にも上ります。 こうした不安を感じながらも、その80.3%の人は「現在の仕事は充実している」と答え、66.5% の人が「求められれば、マネージメント(管理職)を経験してみたい」と考えています。 この調査から分かるのは、仕事は充実しておりキャリアを積むことにも意欲を持っているが、子育てとの両立にはものすごく大きな不安を感じていることです。こうした「両立不安」への対処が、喫緊の課題です。

現在、日本では出生児全体の約21人に1人が、高度不妊治療により誕生しています。『「産む」と「働く」の教科書』で共著をしていただいた不妊医療の権威である齊藤英和先生(国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 副センター長)によると、受診した女性の平均年齢は38歳(2013年)だそうです。 「1年でも2年でも早く受診していたら、何の問題もなくお子さんを授かることができた人が多い」とのこと。こうした背景には、「仕事をしながら若いうちにパートナーを持って出産および子育てをする」ということが容易ではない社会の状況があるわけで、それがまさに社会的不妊の要因です。 不妊治療の研究開発が進んでも、妊娠の確率を0.1%上げるのは、非常に難しい。だからこそ、「男女ともに妊娠には適切な時期がある」ということを子どもが欲しいと願う人に啓蒙、教育をしていく必要がある、と考えています。

妊娠は個人的なものなので、平均値はあまり通用しません。40代で出産する人は全体の5%くらいいますし、20代は妊娠・出産のために万全かというと一概にそうは言えない。しかし、産みやすい年齢はいつかというと、やはり20代から30代前半までと言われています。そして、これは声を大にして言いたいのですが、妊娠のために最適な年齢は男性にもあります。年齢とともに精子の劣化が起こり、35歳以上は男女とも難しさは「おあいこ」になるのです。

ワンオペからチームへ、育児も稼ぎもシフト

――女性のキャリア形成について、どのように考えるべきでしょうか。

白河 女性が活躍するためには、3つの条件があります。1つめは、長時間労働でないこと。労働時間によって差別がないことと言い換えてもいいでしょう。時間内の成果でフェアに評価されるべきなのです。2つめは、年功と仕事を結び付けないこと。○○歳だからこの仕事、○○歳だから管理職に挑戦、というようでは、キャリア形成に柔軟性がありません。米国では履歴書に年齢を書きません。年齢差別になるからです。3つめは、パートナーである男性が育児にしっかりと参画できること。

この3つの条件が揃わないと、女性の活躍は無理だと私は思っています。日本と韓国の女性は世界一労働時間が長くて、世界一睡眠時間が短い。それは男性の家事・育児への参加度の低さと関係している、というデータがあります。日本の女性は、外で働く時間と家庭内で無償で働く(ケア労働)時間を合わせると、世界で一番労働時間が長いのです。もうこれ以上、女性の労働時間を増やすのは無理です。ワンオペ育児(ひとり=ワンオペレーションで育児を担うこと)をしている女性たちが、「女性の活躍」を求められても、パートナーの育児参加なしには社会で活躍することはできません。

この対策を考えるにあたり、私は「男性の働き方を聖域にするのはやめよう」と言っています。これまでは一家の大黒柱、つまりワンオペ稼ぎの担い手として、男性は槍が降っても会社に行かなければいけなかったわけです。しかし、今後はチーム稼ぎになると考えたら、おそらく男性も解放されます。仕事でもっとチャレンジしたり、転職したり、視野を広げていくことができるでしょう。育児など家庭での生活をもっと楽しめるようになると思います。

夫にとって、妻がある程度の収入を得ているというのはリスクヘッジになります。妻が正社員で共働きの場合、生涯の世帯年収が2億円くらい増えると考えられています。それを諦めるかどうか、夫婦でよく話し合った方がいいと思います。 男子学生たちには、「専業主婦、パートタイマー、派遣社員、正社員。女性の働き方で、家計はこんなに違う」とファイナンシャルプランナーが作った世帯年収の一覧表を見せています。すると彼らは、数字に説得され、「将来は共働きしたい」「自分も育児をやらなくては」と考え始めるようです。

ダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容と活用)が不可欠

――それでは、会社側はどう変化していくべきでしょうか。

白河 意識を変えて育児参加すべきだと言われても、男性も辛いところがあります。 最近、イクメンだけでなく、イクボスの必要性が言われるようになってきているのは、会社と上司が変わらないと何も変わらないという実情があるためです。

さらに、長時間労働を良しとする働き方も、法律が変わると変わってくるはずです。受動喫煙も飲酒運転も、かつては普通のことだったと考えると分かりやすいと思います。政府の働き方改革実行計画では、時間外労働(残業時間)の上限を原則月45時間、年間360時間とし、特例の場合のみ年間720時間(月平均60時間)までの時間外労働が認められるとしています。特例を結ばずに45時間を超えたら罰則となります。労使で特例を結んだ場合でも、720時間が最長。月の時間外労働の上限は100時間未満(単月)で、99時間を超えたら罰則です。

資本金10億円以上の中堅・大企業を対象にしたロイター企業調査(回答した企業は約250社)によると、「新たに導入される残業上限規制の結果、事業に支障が出る」と回答した企業は約4割に上ります。また、「生産性向上への対応を検討する」とする企業は7割近くに達しています。 企業としては、レピュテーション(評判)リスクを考慮しないわけにはいきません。長時間労働による過労死などは社会が許さない。

また、会社側として、時間の制限などを設けるだけでなく、労働の質を評価する人事評価等にもテコ入れをしないと、本質的な改善にはなりません。 女性が活躍できない企業には、非財務情報である環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)といった要素を考慮するESG投資が来なくなります。「女性が活躍できていない企業は、投資条件から外されて、グローバルなチャンスを逃す」といったことです。 つまりダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容と活用)の実現が問われているのです。多様な人材が在籍して、どんな立場の人もしっかり発言でき、それを受けとめてもらえる環境があることが重要です。

これまでは女性の活躍やダイバーシティはお題目に過ぎず、利益やリスクに直結するとは捉えられていなかったきらいがあります。しかし、今が分岐点だと思っています。働き方改革をお題目だけでやると、労働時間が減ることで売上げにおいて負ける企業が出てきます。そこはしっかりと本質を見極めていく必要があります。

「一律から多様へ」「他律から自律へ」、そして「労働の量から質へ」。この3つの流れが起きることが、働き方改革の本質だと思っています。自律的に業務効率の改善をしているワーキングマザーたちには、働き方改革のお手本になってほしい。 というのは、「制約こそがイノベーション」だからです。限られた時間内で成果を出そうとなると、みんな工夫する。そこで自律的な働き方や新しいアイデアが生まれるでしょう。その意味からも、労働時間に制限を入れることは、取り組みやすいイノベーションになると私は思っています。

また、働き方改革の時代だからこそ、IT投資が進むという側面があります。かんぽ生命ではIBM Watsonを活用して、これまでベテラン社員が対応してきた難易度の高い査定の業務を、経験の浅い担当者でも実施できるようにしました。これもひとつの働き方改革です。ITに任せられることは任せると、人間は時間外労働から解放される、というケースはたくさんあると思います。

変化の主役はミレニアル世代。父親産休も

——働き方改革は、少子化対策につながっていくのでしょうか。

白河 子育て時期をどうやって乗り切っていくか、カップルで考えないといけないと思います。女性だけが働き方をあれこれ調整するというよりは、夫婦2人で考えていく、というのが一番重要なところです。 最近の若い世代は、やる気のある人ほど「早く結婚して、早く子どもを産んで、キャリアも続けたい」という考え方を持つようになっています。仕事一辺倒で頑張ります、みたいなのはカッコ悪いと思っている。ソーシャルな副業も、子育ても、仕事もオープンにして、それらの相乗効果も見せようとしている。「会社だけに自分の時間を使えない」と言います。 そんな彼女らは例えば「あの人を来月実施するイベントに呼びたいんだけど、誰かつてがある?」というような場合、広告代理店に頼らなくても、「私、LINEでつながっているので、すぐ連絡してみます」というように動けるのです。こういう社外のコミュニケーションが構築できる人は、仕事の幅も広がります。

ジョージタウン大学のメラニー・バービアさん(女性・平和・安全保障研究所所長)と国際会議で隣り合わせたときにも、この話題になりました。「最近の若い人たちは、活動の範囲が拡大している」と強調していました。「ウォールストリートでも採用面接の際、年俸に関する質問以上に、休暇はどれくらい取れるか、セクハラやパワハラに対処しているか、という質問が増えている。ミレニアル世代(2000年代に成人あるいは社会人になった世代)の特性だから、企業は彼らにとって魅力的な存在にならなければいけない」と言われたのがすごく印象的でした。

私の知っている日本のミレニアル世代の女性も、出産にあたり、「育児休暇は自分ではなくて、夫に取ってもらうことにしました」と言うんですよ。「どうしてそう考えたの?」と聞くと、「妊娠中から2人でずっと話し合っていて、この形が一番いいと決めました」と言うのです。そういうことをちゃんとカップルで話し合える世代が誕生したのだな、と思いました。

――それは、新しいですね。

白河 カップルで育休をとるのも良いのですが、もっとお勧めしたいのは父親産休を取得することです。出産の直後に、奥さんが実家や病院から自宅に戻ってきてから、わずか2、3日でもいいので、赤ちゃんと一緒に過ごすための父親産休を取ると、その後の育児が母親のワンオペになりにくいそうです。父親は何もできなくて、ずっと横にいてオロオロしながら見ているだけでも、子育ての大変さが分かるので、かなり違うようです。想像できるというのは、すごく重要なことです。実際は、奥さんと子どもが病院にいるときしか見ていないとか、奥さんが長く里帰りして戻ってきた頃には、すっかり母と子だけのオペレーションができていて、父親は入る隙がないことが多いわけです。

フランスでは、「子どもの受け入れと父親のための休暇」という名前が付いた2週間の父親産休がシステム化されており、国の負担分も法律で規定されています。フランス政府は「男は自然に父親にはならない」とはっきり見切って、「父親になる機会」を与えるために、こうした取り組みをしているんですね。フランスでは7割の父親が産休を取っています。

日本でもチャンスがあるのかなと思うのは、実は今、日本でパートナーの出産にあたり、隠れ産休を取っている男性は46%いて、2〜3日くらいを有給で取得しています。ただ、母子が病院にいる間に取得している人が多いので、それをちょっとずらして、実家や病院から自宅に戻ってきてから取得するだけでも、だいぶ違うと思います。男の人にとっても、さほど負担ではないので、まずはここから始めてみることをお勧めします。

人生には、仕事に全力を注げる時期と、出産や子育てのために仕事をセーブせざるを得ない両方の時期があります。そう割り切った上で、緩急をつけながら、その期間もとにかく働き続けることが大切です。 男女ともに自立をもって働くこと、また会社はこうした社会的なムーブメントに危機感をもって対応すること。そうしないと今後はミレニアル世代の台頭により、置いていかれるでしょう。今の動きは過渡期であり、混乱が起きてこそイノベーションであると私は捉えています。女性が仕事と子育てを両立しながら活躍する「働き方改革」を実現するには、できることから始めていくことが大事です。

TEXT:伊川恵里子

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「私こそがマイノリティー」という自覚――デフバレーボール女子日本代表・狩野美雪監督インタビュー

提供:日本デフバレーボール協会(トップ画像)

「デフリンピック」――耳慣れない言葉かもしれないが、聴覚に障がいがある人(deaf=デフ)が集まり、4年に1度開かれるスポーツの国際大会だ。障がい者のスポーツ大会といえば、2020年に東京で開催を控えていることもあり、腕や足に欠損がある人や視覚・知的に障がいがある人が参加するパラリンピックが思い浮かぶ。それに比べ、デフリンピックはまだまだ知名度が低い。

だが、パラリンピックの第1回大会が開かれたのが1960年なのに対し、デフリンピックは1924年。デフリンピックのほうが歴史は長い。2017年7月にトルコで開催されたデフリンピックには、97の国・地域から約3000人の選手が参加した。日本は21競技中、11競技にエントリーし、過去最多の27個のメダルを獲得。なかでも、女子バレーボールチームは1セットも落とさずに勝ち抜いた「完全優勝」で7連勝し、金メダルを獲得した。

チームを率いたのは、狩野美雪監督。八王子実践高校、久光製薬スプリングスと強豪チームでプレーし、北京五輪では全日本女子チームに選ばれたトッププレーヤーだ。国内でも海外でも、かつてのトッププレーヤーがデフスポーツの監督になるケースは珍しいという。デフバレーボールと出合ったきっかけや、指導法、今後への思いなどを狩野氏に聞いた。

急逝した後輩の「遺志」を継いで

——トルコのデフリンピックでは見事な完全優勝でした。おめでとうございます。

狩野 ありがとうございます。ホッとしています。優勝直後は信じられない思いでした。大会前、周りの人には「目標は金メダル」と公言していましたが、本音では「ベスト4からの戦いは楽ではない」と思っていました。

トルコで行われたデフリンピック表彰式で金メダルを獲得した全日本女子チーム 提供:日本デフバレーボール協会

——試合中、選手たちにどんな指示を出していたのですか?

狩野 実は、試合中に指示を出すのは難しいのです。指示を出したいと思って選手に声を掛けても、耳が聞こえないわけですから、なかなか気づいてもらえない。気配を感じてくれて、仮に目が合ったとしても、手話では伝えられる情報が少なくて……。

タイムアウトをとって戦略を伝えようとしても、時間切れになってしまうこともあります。リアルタイムに伝えることが難しいので、戦略は基本的に「こういうボールには、全員がこう動く」といったルールを事前に決めておいて、それを守っていくことになります。だから、今回の優勝は正真正銘、選手たち自身が試合の中でつかみ取った結果だと思います。

試合中のタイムアウトでは、監督の指示は手話通訳により選手たちに伝えられる 提供:日本デフバレーボール協会

——狩野さんは、全日本にも選ばれるトッププレーヤーでした。バレーボールのトップリーグ「V・プレミアリーグ」の常連優勝候補である久光製薬スプリングスから、全日本に選出。2008年の北京五輪に出場し、10年にはデンマークのリーグに挑戦、退団後にデフバレーボールの女子代表チーム監督に就任しました。それまで、デフバレーのことは知っていたのですか?

狩野 母校の東京学芸大学バレーボール部で、1年後輩だった男性がデフバレーボールの監督をしていたので、言葉としては知っていました。ですが、初めてゲームを観たのは2011年6月です。デンマークから帰ってきて現役を引退することを決めた時期でもありました。その男性から「コーチをお願いしたいから、一度観に来てほしい」と言われて、東京都内の体育館で初めてデフバレーボールを観ました。

——その初観戦の3カ月後に監督に就任しています。急な話でしたね。

狩野 その男性が7月に、病気で亡くなってしまったのです。亡くなる直前には「手伝ってほしい」と言われていました。でも、私は現役を退き、結婚が決まった直後(夫は、女子バレーボール全日本チームの元コーチ、川北元氏。現在はデンソー女子バレーボール部監督)だったので、「無理です」とお断りました。

でも、その後も周囲から監督になってほしいと頼まれて、結果的に彼の遺志を継ぐべきではないかと思うようになりました。夫が「サポートするよ」と言ってくれたことも、背中を押してくれました。

私こそがマイノリティーと自覚した

——いくらトッププレーヤーだったとはいえ、指導経験がなかったうえに、選手たちは聴覚障がい者です。監督として指導するには苦労も多かったのでは?

狩野 そうですね。私が監督として初めて選手たちの前に立ったのは、2011年10月のこと。静岡県内の体育館であいさつしましたが、何を言ったのかは覚えていません。

——緊張していたのですか?

狩野 それもあるかもしれませんが、それ以上に記憶に残っている出来事があったからだと思います。私は監督として指導するにあたって、事前に練習メニューを厳密に決めていました。でも、実際には計画していたメニューのほとんどがこなせない状況でした。自分の思い描くレベルと、現実のレベルが違うことを知りました。その日から、選手たちにどう受け入れてもらえるかを考えるようになりました。

——受け入れてもらうためにどんなことをしましたか?

狩野 まず、「この中で、私はマイノリティーなのだ」と自覚しました。選手たちが聴覚障がい者なのはもちろん、日本デフバレーボール協会のスタッフもほとんどが聴覚障がい者で、日々の運営をしているわけですから。

——現実だとはいえ、勇気ある考え方ですね。なかなかできないと思います。

狩野 直前まで海外でプレーしていたからか、自然とそう考えられるようになりました。その後、選手や手話通訳のスタッフとよくコミュニケーションをとるようにすると、選手たちは「目で見る」ことには長けていることが分かりました。

ゴム紐、選手の真似…「見える化」した指導

——指導法は変わりましたか?

狩野 はい。まず私自身が手本を見せる。私自身ができないプレーの場合は、北京五輪で同僚の佐野優子(元全日本女子チームのリベロ)さんら知り合いに練習に来てもらって、手本を見せてもらう。あと、私自身、選手たちがミスしたときのマネをし、正しい動きと間違った動きを実際に見せる。「こう動くと、こう失敗する」ということを、見てわかってもらうようにしました。

——その他にも、視覚でわかる練習法で工夫したことがありますか?

狩野 たとえば、相手が打ったアタックがブロックに当たるとボールの軌道がどう変わるか、というのを言葉で説明しようとすると、手話通訳者を介して膨大な時間がかかり、選手たちの理解も遅くなります。そこで、レシーブ練習にゴム紐を使うようにしました。相手のアタックを打った地点からゴム紐を引っ張り、ブロックで軌道が変わるのを「見える化」したら、選手たちはあらかじめどの位置でボールを待てばいいかをわかってくれるようになりました。

ゴム紐を使い、ブロックした後のボールの軌道を視覚化した。写真はデフリンピックでのブラジル戦 提供:日本デフバレーボール協会

選手と横並びにならないワケとは

——選手たちとコミュニケーションをとるにあたって、気をつけていることはありますか?

狩野 選手たちと話すときは横並びにならないように、いつも自分の立ち位置に気をつけています。手話通訳者と横並びになるようにしています。

——具体的には、どういうことでしょうか?

狩野 私が話をする際、選手たちはそれぞれ、私の唇を読んでいます。そのため、選手たちと正対するか、みんなから見える場所で話すようにしています。また、声は大きくなくてもいいので、口の周りを大きく動かして話すように心がけています。いまは、その癖が身に付いて、普段の暮らしで友人や家族から「声が小さくて聞こえない」と言われることもあるくらいです。

——手話だけでは伝わりにくいものですか?

狩野 たとえばバレーボールでは、「アタックはボールを切るように打つ」とか「トスが割れている」などと表現することがあります。それぞれ「アタックはボールにスピンをかけるようにして打つ」「トスしたボールがネットから離れている」という意味ですが、手話通訳では文字通りの翻訳となるので、意味が伝わらないことがあります。いまは、なるべくそうしたバレーボール用語を使わないように気をつけています。

——全日本チームは、どんな頻度で練習をしているのですか?

狩野 月に1回、多いときは2カ月に3回ほど合宿を行います。練習場所は決まっていないので、探すのもひと苦労です。現在、全日本女子チームは12人いますが、沖縄、九州、四国に住んでいる選手もいます。みんな会社員なので、勤務の都合で全員が集まれないこともあります。だから、合宿期間外に選手たちが勤める会社の経営者を訪ねて、デフバレーボールへの理解を深めてもらったり、合宿や大会に選手を派遣してもらえるように協力をお願いしたりするのも、監督として大事な仕事です。

——練習場所の使用料のほか、選手やスタッフの移動・宿泊費がかかりますが、費用はどう負担しているのですか?

狩野 ありがたいことに「強化費」として国から補助をいただいています。ですが、全体経費をまかないきれないので、選手とスタッフが自己負担をしているのが現状です。

——同じ障がい者スポーツのパラリンピック競技は、国からの補助金や企業などの協賛金で選手たちの自己負担額はほぼゼロとも聞きますが、大きな違いがあるのですね。

狩野 残念ながら現実はそうです。先ほども触れましたが、デフバレーボール協会のスタッフはほぼ全員が聴覚障がい者で、みなさん通常業務の仕事をした後に、ボランティアで協会の事務をしてくれていますが、作業量が膨大すぎて追いつきません。スタッフの体制なども含め、今後も課題は山積みです。

——日本代表チームは12人ということでしたが、どのように選んでいるのですか?

狩野 デフバレーボールの試合を観に行って、スカウトする場合もありますが、補聴器を付けて健聴者に交じってプレーする人を誘うこともあります。知り合いが「補聴器を付けている選手がいた」などと教えてくれるので、連絡を受けたら試合を観に行くようにしています。

しかし、勧誘してもデフバレーボールに理解がなく、拒絶されることもあります。これは自分の意思なので、それ以上勧誘することはありません。個人のアイデンティティーの問題ですから。逆に、勧誘して初めてデフバレーボールの存在を知る選手もいて、「是非入りたい」というケースもあります。現在の代表12人中、健聴者チームから来ている選手は数人います。もちろん、試合中は補聴器を外してプレーします。外さないと失格になりますから。

選手に何度も伝える「日の丸の重み」

——健聴者のチームからデフチームに移ってきた選手に、変化はありますか?

狩野 話を聞いていると、これまでは健聴者の中でマイノリティーとしてモヤモヤすることも多かったようですが、デフバレーのチームに移ってからは「みんな同じで、気が楽になった」と話す選手が多いです。

——選手を指導するうえで、特に強調していることはありますか?

狩野 「日本代表チームは、日の丸を背負ってプレーしている」ということは何度も繰り返しています。もし練習中に実力を発揮しきれずにやる気のないプレーをした選手がいれば、「練習に来たくないなら、来なくてもいい」と言います。選手がバレーボールに打ち込めるのも、企業や家族の支えがあってこそのこと。結果を残せなければ、支えてくれる人は減ってくると思います。選手には厳しい言葉だと思いますが、受け入れてくれています。

——確かに、狩野さんは全日本チームに選ばれたトッププレーヤーですから、選手に対しても説得力がある言葉だと思います。狩野さんはいつからバレーボールを始めたのですか?

狩野 小学校のころはサッカーをやっていました。でも中学になると、女子サッカー部がなくて、男子に交じってプレーするというほどの強い思いもない。両親が実業団のバレーボール選手だったこともあって、「バレーでいいか」みたいな感じで始めました。

女性が活躍できる時代をつくるために

――高校は、全国優勝12回を誇る八王子実践に進み、大学卒業後の00年に実業団チームの茂原アルカス(日立ディスプレイズの女子バレーチーム)に入団しました。

狩野 高校時代は厳しく指導を受けましたが、実業団チームには進まず、大学卒業後に入った茂原アルカスも当時はV・プレミアリーグには所属していませんでした。当時、勤務時間は会社の業績が上がると午前中まで、業績が思わしくないと午後5時までなど、変動こそしましたが、会社員をしながらバレーボールをしていました。

その後、06年に茂原アルカスの廃部が決まった際、久光製薬スプリングスの眞鍋政義監督(09年から全日本女子チームの監督。12年のロンドン五輪で銅メダル)に誘われました。久光と試合をしたときに注目していただいたと、後で聞きました。このときも最初は「強豪チームは無理です」と、入部には尻込みしました。でも、眞鍋さんに「一緒にやろう」と言われて勇気を持って入ることにしました。

——久光に入団した翌07年には主将になりましたね。

狩野 眞鍋さんは消去法で選んだのだと思いますが(笑)、「ほかに誰かやれる人がいる?」と言われて……。眞鍋さんからは「プロの仕事として結果を残していく大事さ」を教わりました。プロ契約をしていたわけではありませんが、全日本クラスになると、実際はプロみたいなものですから。

——大会が終わって、デフバレーボール監督として一区切りついたところですが、今後のことは考えていますか?V・プレミアリーグなど強豪チームの監督になりたいとは?

狩野 今後のことは、いまは何も決めていません。ただ、V・プレミアリーグのチーム監督をしている夫と同じフィールドには、立つことはないと思っています。私はバレーボール選手として全日本に選ばれはしましたが、高校卒業後、すぐに強豪チームに入団して全日本に選ばれるという「王道」を歩いてきたわけではありませんから。

最近痛感するのですが、デフバレーボール監督に就任してからの5年間は実に貴重な体験でした。障がい者スポーツに携わるという機会はそう簡単には巡ってくるものではありません。だから、障がい者スポーツの世界が私に与えられたフィールドなのかなと思っています。

——デフバレーボールの監督を続けるということですか?

狩野 監督なのかはわかりませんが、デフスポーツに携わっていけたらいいなあと思っています。デフ競技の指導者は、それだけで生活はできません。これから女性が活躍できる時代をつくるためにも、いまより社会的価値を上げるための制度や体制づくりにも取り組んでみたいという興味はあります。

——そこまでデフスポーツへの思いが熱くなる原動力は何ですか?

狩野 今回のデフリンピックで、女子バレーボールチームは金メダルを取りました。でも、健聴者チームにも引けをとらないほど強いチームになってくれたらと思っています。もし、健聴者チームに勝てるようになれば、選手たちの意識は大きく変わると思います。自信を持って社会人生活を送れるようになると思うのです。今回の金メダルチームの選手は、その可能性を持っている。その行く末を見守りたい。いまは、そんな気持ちを持っています。

TEXT:河野正一郎(POWER NEWS)

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高層ビルで1日10億人を移動させるエレベーターの管理を、AIがサポート

21世紀に生きる私たちにとって、街の至るところにあるエレベーターやエスカレーターはありふれた風景の一部です。しかし、私たちが安心してエレベーターやエスカレーターを利用できているのは、点検や整備を担当するフィールド・エンジニアをはじめ、多くの人の苦労の賜物でもあるのです。

IoTとコグニティブ技術で「摩天楼の回廊」を監視

オフィスや住宅として利用される超高層ビルでは、一度に何百、何千という人が建物の中を目まぐるしく動き回ります。人々がストレスなく移動できる環境づくりのため、エレベーターやエスカレーターが果たす役割は決して小さくありません。

例えば、機械トラブルで突然それらが停止すれば、多くの人の移動に影響を与えるだけでなく、利用者の身に危険が及ぶような大事故が起きる可能性もあります。

そうした事態を未然に回避するため、KONE社(以下、コネ)では、IBM Watson IoTとコグニティブ技術をエレベーター等の監視やメンテナンスに役立てる試みに着手しています。

Watson IoTで、エレベーターのメンテナンスが変わる!

コネはフィンランドに本部を置く企業で、エレベーターやエスカレーターなどの製造販売、およびそれらの機器のメンテナンスサービスを手掛けています。同社の製品は全世界で100万台以上が使用され、1日に10億人もの移動をサポートしているのだとか。

そのメンテナンスに活用されるのが、「IBM Watson IoT」です。エレベーターのセンサーから稼働状況等のデータを収集し、リアルタイムに機器の状態を把握する仕組みを実現。収集したデータはWatsonとそのコグニティブ技術で分析され、潜在する問題を検出して、高い精度で故障時期を予測します。

また、問題が検出された場合はメンテナンス担当のエンジニアへしかるべき情報(機器のスペックや、想定されるトラブルの原因など)が入るため、迅速に対応することができます。復旧への時間をなるべく短縮でき、事態の深刻化を防げるのは大きなメリットといえるでしょう。

コグニティブ技術を用いたloTのサポートで、エレベーターやエスカレーターのメンテナンスは大きく変わろうとしています。そんな変化の一端を、下記の360°動画でも体感してください。

photo:Getty Images

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AIとの会話で、お目当てのニュースが見つかる!?

昔、アルバイト情報誌で、いわゆる「読み屋」の募集記事をよく見かけました。多忙な大学教授に代わって指定された本を読み、内容を要約するという仕事です。時給は当時の平均以下で、割に合わない仕事だったと記憶しています。

膨大な情報があふれるデジタル社会

インターネットの普及によって、私たちを取り巻く情報量は、20年前、30年前とは比べものにならないほどに増加しました。数あるニュースサイトやブログなどに大量の記事が投稿され、Webには膨大なコンテンツがあふれ返っています。

検索エンジンが日々進化を遂げているとはいうものの、単純なキーワード検索では不便も多いのが現状。文字通り「情報の海」と化したWebから欲しい情報を取り出すのは、まさに砂の一粒をつかむようなものです。

Watson Discovery Newsが「検索」を変える

幸いなことに私たちは、デジタル社会にあってAIという強力な武器を手にしつつあります。

IBM Watson Discovery News(以下、Discovery News)はWatsonの持つ多彩なAPIのうちのひとつで、コグニティブ技術を応用した高度な検索や解析の機能を提供します。この有能なAPIにはNLU(Natural Language Understanding/自然言語理解)が採用され、検索対象となるニュース・コンテンツの本質的な意味を踏まえた高度な検索を可能とします。

たとえばAIに関するニュースについて調べたい時、

「AIに関する最新のニュースを教えて」

「最近、AI関連の記事で最もよく名前が挙がっている人物は誰?」

といった具合に自然な言葉でWatsonに語りかけると、Watsonが質問者の意図を解釈し、最適と思われるコンテンツを即座に返してくれます。また、関連する情報を集約し、フィルター機能によって信頼できるソースからの情報だけを抽出し、「あなただけのニュースリスト」を生成することも可能です。

Watsonの力を借りれば、従来情報収集にかけていた手間と時間を大幅に削減できます。現代の大学教授は、もはや「読み屋」のアルバイトに頼る必要はないでしょう。

テクノロジーにより浮いた時間を、より創造的な仕事に振り向ける――。それが私たち人類とAIとの理想的な「共存関係」なのかもしれません。

Photo:Getty Images

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“苔男”、世界を変えるーーエリザベス女王に“緑の魔術師”と称えられた日本人庭師

イギリスのロンドンで毎年5月に開催される「チェルシーフラワーショー」。エリザベス女王を総裁に頂く英国王立園芸協会(RHS)の主催で、100年以上の歴史を持つ、権威ある国際ガーデンショーだ。600もの出展者がジャンルごとに庭園などのデザインを競い合い、観覧チケットの入手は困難を極め、毎年15万7千人もの入場者で盛り上がる。 この伝統と格式を持つフラワーショーで9個の金メダルを獲得し、エリザベス女王から“緑の魔術師”と呼ばれる日本人をご存じだろうか。タイムズ紙命名の「Moss Man(苔男)」のニックネームを持ち、尊敬と親しみを集めている庭園デザイナーの石原和幸氏である。 石原氏の今年の出展作品のテーマは、「御所の庭 / No wall , No war」。この作品に壁のない平和な世界への願いを込めた。 「審査当日にマンチェスターのコンサート会場で自爆テロが起き、人々が不安を抱える中で僕の『No wall , No war』という庭が金メダルをいただきました。長崎出身で被爆2世の自分が、庭を造ってみんなを笑顔にするということに、改めて使命を感じました」 日本全体が庭園そのもので、その中に人が住んでいるような環境を造りたいという石原氏に、金メダル連続受賞までの道のりや、アイデアに満ちたこれからの庭造りを中心にした街造り構想などについてお話を伺った。

ガウディのサグラダ・ファミリアのような庭を造りたい

――石原さんは、ご出身地の長崎で路上販売の花屋からスタートし、「花を買う文化」を広めたといわれる花屋チェーン「風花」で大成功を収められました。その後、大手商社との合弁事業で8億円もの負債を抱えるという経験もされています。まさに山あり谷ありの仕事人生を歩んでこられたわけですが、転機となったのは40代半ばに挑戦されたチェルシーフラワーショーへの出展だそうですね。

石原 当時、花の仕事を続けるには、世界1になるしか、僕には道が見つからなかったのです。もちろん仕事をたくさん受注して、借金を返すことはできますよ。でも返すのに精いっぱいで、自分の夢がそこにはないわけです。

江戸時代、日本は世界で一番庭師が多い国でした。現在、英国は6000万人の人口で約4兆円、米国は2億4000万人でやはり約4兆円のガーデニングの市場があります。一方で日本には1億2000万人以上いるのに、2300億円のマーケットしかない。先進国の中でも最も庭に対してお金を使わない国になってしまったのです。

家庭でもお客様を迎えるときには花を活け替えるとか、学校の先生の教卓には必ず誰かが持参した花がある、というような習慣がありました。それがいつしか失われていったわけです。四季折々の生活の楽しみ方に、かつては世界に誇れる心豊かな文化があったのに、なくしてしまった。僕はそれをもう1度なんとか復活させ発展させたいのです。日本全体が庭園そのもので、その中に人が住んでいるような環境。もしもそうなったら、たとえ核兵器などを持たなくても、あの国は守りたい、大事にしたいと世界の宝物のような場所になる。そして世界中の人が、ぜひ日本を訪れたいと切望するようになるはずです。

――花と緑に、もっと大きな市場規模と文化的バックグラウンドが必要ですね。

石原 例えば、建築でいえばガウディのサグラダ・ファミリアが僕は世界で一番すごいと思う。誰もが知っていて、死ぬまでにぜひ一度見たいと世界の人が思っている。庭にはそんな世界1のものは無いですよね。カナダのブッチャート・ガーデンなどは、旅行好きの人は知っているでしょうが。僕はサグラダ・ファミリアのように世界の人が憧れる庭を造りたいと思っています。

日本の建築の場合、予算のほとんどが土地と建物に使われます。一方、花や緑は「外構」というくくりで扱われ、その予算の割合はものすごく小さいのが現状です。そこを変えるためにはどうしたらいいのかを常に考えています。100億円の建物の予算はあっても、100億円の庭の予算はない。もしも、そんな予算を庭にかけられたら、ひっくり返るくらい素晴らしいものを生み出すことができますよ。

これまで、僕には日本に目標とする人がいなかった。明治時代に七代目小川治兵衛さんという有名な庭師がいましたが、その後は見当たりません。イギリスには、アラン・ティッチマーシュさんというガーデナーが活躍しています。BBCでは朝から晩まで園芸の番組を放送していて、アランさんが出演するのとしないのでは、番組視聴率が大きく変わるくらいの影響力を持っている。大いに刺激を受けました。

庭で集客できる、庭には経済効果がある

――石原さんは2004年にチェルシーフラワーショーに初出展されてから2017年で12度目の出場を果たし、2012年以降6年連続となる計9個の金メダルを受賞されました。この間、部門内1位に贈られるベストガーデン賞とのダブル受賞は4度、2016年大会では最高位のプレジデント賞を受賞するなど、イギリスをはじめとするガーデニング先進国での高い評価を裏付ける、揺るぎない実績をお持ちです。

2016年は『Garage garden』が全出展作品の中で最高賞となる「プレジデント賞」と、5年連続で「ゴールド賞」のW受賞を果した(写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

石原 チェルシーフラワーショーで本当に勝とうと思ったら、スタッフの滞在費などすべて含めて5000万円以上の費用がかかります。僕は朝から晩まで日本で花屋と庭師の仕事を続けてお金を貯めたものの、当初は2500万円くらいしか用意できず、自宅を売って費用を捻出しました。

こうして背水の陣で臨んだ初出展の2004年では、シルバーギルトメダルをいただきました。点数制なので、その時は金メダルの該当者がいなくて、実質的にシルバーギルトが1位だったのです。金メダルをもう少しで掴みかけたことで、「あ、行けるな」という感覚を得ましたし、イギリスではメディアに取り上げられましたので、スタッフともども大きな成果を掴み、やりがいを感じながら帰国しました。

ところが、日本に帰って来ると、何ひとつ話題になっていなかった。ということは、金メダルじゃないとダメなのだと思って、またお金を貯めてチャレンジすることにしました。もう売る家も無いので盆も正月もなく朝から晩まで庭を造って、スポンサーを集めて……。

こうして2度目に参加した2006年に、初めて金メダルとベストガーデンをダブル受賞しました。しかし、それでも日本では話題にもならないわけです。

そこで僕がやっと気付いたのは、「チェルシーフラワーショーはすごいんだよ」ということを僕自身が日本で伝えていくしかない、ということでした。また、チェルシーで金メダルを獲得したからといって日本で仕事はもらえないわけですよ。それで、「庭師って何なの?」と自問したときに、「最高の営業マンじゃないとダメなのだ。これはサービス業なのだ」ということに気付きました。

例えば、庭全体のテーマやコンセプトを明確に依頼主に提案でき、1つひとつのパートの役割をきちんと説明できるかどうか。また、その庭を維持管理し続けることで、長期的な売り上げにつなげ、きちんとした経済効果を出さないといけない。それが庭師の世界的なビジネス基準だと思っています。

人は感動するものを見た瞬間に思わず「えーっ!」とか、「うわぁー!」とかいう声を上げます。素晴らしい庭に出合ったときも同じで、この事実がとても大事だと思っています。本当に美しいものには、人は「きれい」などと言わず、ただ「えーっ!」と声を上げながら見とれたり、ついスマホのカメラを構えたりする。そういう庭を目指したいと僕は思います。

とにかく僕は「チェルシーはすごいんだ」と言い続け、たくさんの方にチェルシーフラワーショーを見てもらい、イギリスと日本の架け橋になっていきたい。そして少しずつ「庭で集客ができるんだ」「庭には経済効果があるんだ」ということを、企業などの依頼主に具体的に数字で示していきたいのです。

――チェルシーでは、石原さんのお庭のどのようなところが評価されているのでしょうか。

石原 イギリス人は作品を見るときに、まずコンセプト、哲学をものすごく大事にします。僕の最初の庭は「源」というテーマでした。どういうテーマにするか迷っているとき、当初は過去のチェルシーの作品群を眺めてはいろいろ考えながら、パーゴラ(つる棚)にバラがあって、みたいなイングリッシュガーデンを思い描いたりしていました。でも、どうも違うなと。

そんな折、熊本の白水という村に行く機会がありました。水が湧き出る名水の里として有名な所です。透明な水が湧く源泉で砂が動く様子を見て、それこそ僕は本当にぞくぞくするほど感動したのです。

出展した「源」では、雨が降って森が水をキープして、そして湧いてくる水が川になって流れて海に注いで、また蒸発して雨が降る・・・という大きな循環の中に人がいることを意識して表現しました。僕が白水の水を見てものすごく感動した、それを伝えたかったのです。ぐるぐる模様で表現した波紋には、翌年以降もこだわっています。

れからもう1つ、長崎の出島に花畠(庭園)というところがありますが、ヨーロッパの人々が日本で植物を集めて、ここからイギリス、オランダ、フランスへと送りだしたといいます。今、ヨーロッパで見られるモミジ、ツバキ、ツツジなどは日本原産のものですし、カサブランカも山百合を品種改良したものなので、そういう植物の源ということも意識しました。

僕の生家は、爆心地から約3キロの長崎市三原町にあったのですが、目の前の丘が爆風を遮ってくれました。僕が小さい頃、家のまわりの景色はものすごくきれいでした。僕もクリスチャンですが、そのあたりは隠れキリシタンの里で、和風の家に十字架やステンドグラスがありました。松に石畳といった組み合わせも僕の中では当たり前のものでした。だから日本人なんだけど、原風景の中に西洋の文化も少しだけ組み込まれていたわけです。

被爆2世でキリシタンの僕が、庭師になって世界に庭を広めていく。その庭のおかげで少しでも平和になればいい、というふうに自分の中で妄想が膨らんで、「これはチェルシーフラワーショーに出て、世界1になるしかない」と、そんな思いに至ったのです。

都会にフクロウがすむ庭。そんな魔法が始まっている

――その勢いで、バッキンガム宮殿に電話されたそうですね。

石原 最初は、チェルシーフラワーショーに出展したくても、どこに申し込めば参加できるのか、ツテもないし皆目見当がつかない。そこで、考えた末にバッキンガム宮殿に電話して、「チェルシーフラワーショーに出展したいが、エリザベス女王はいらっしゃいますか?」とジョーク半分で尋ねたところ、電話に出た方がユーモアがあって、「ごめんなさい、ここは担当が違うの」と問合先を教えてくれました。女王陛下に電話するとか、そんなことする人間などいないじゃないですか。だけどそこはあえて当たって砕けろ。「チェルシーで優勝するんだ!」と無理やり引きずり込んだ社員たちへの手前もありますし、「電話10回ぐらいしたらどうにかなるやろ、なんか分かるやろ」というところからのスタートです。

僕はそれだけでもう優勝したような気持ちになったものです。担当が分かったから、その担当を落とせば参加できる、とね(笑)。

――そして、今では、エリザベス女王から「緑の魔術師」と評価をいただくに至りましたね。

石原 チェルシーフラワーショーというのは園遊会の要素もありますから、エリザベス女王にお見せする庭を造るわけです。王室の方々も公務ですが、出展されている600もの庭の中でも、私の庭は毎年見ていただいています。王室の皆さんは、現代的な雰囲気の作品の中にも、よく見ると苔や盆栽など、伝統的な日本をイメージさせる植物を多く使用する僕の庭がお好きなのだと自分で勝手に自負しています。

「あなたは緑の魔法使いね」とエリザベス女王(写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

チェルシーに出続けてみて、つくづく感じるのは、たとえ小さな庭でも何十万人の人をしびれさせることができるのは、やはりメンテナンスの力によるものだということ。花や緑は、朝昼晩と変化します。落ち葉が飛んでくるし、こまめに掃除しないといけない。40名のスタッフがいて常に最高のコンディションに保つようにしています。審査が終わった後もメンテナンスを続けます。また、会場では庭の後ろは見せる場所ではないので、普通は何も手を加えません。でも、僕は庭の後ろ側も徹底的にきれいにしている。そうするとBBCがあえて後ろを撮ったりしますね。最近では、皆さん裏を見に来たりするくらいです。僕の考えとして、メンテナンスがどれだけ大事なのかということをいつも伝えています。庭というのは、メンテナンスによって美しくあり続けるから人を惹きつける。そして、造ったときから、常に進化していくものなのです。

石原氏お気に入りのシャツはポール・スミスのBUNNY RABBIT(上)。2016年チェルシーフラワーショーの石原氏のガーデンに立ち寄ってくれたポール・スミス氏(下、写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

東京・恵比寿にあるウェスティンホテル東京が、20周年を迎えるにあたって庭造りを依頼してこられました。モミジやアジサイなどをふんだんに使い、季節感のある庭を造らせていただいた。完成してから3カ月でこの庭にフクロウがすむようになりました。東京にはあちらこちらに公園や植物園などがあり、けっこう森も緑も水辺もある。水辺にはフクロウの餌になるヤモリやカエルがたくさん生息しています。ウェスティンホテルでは縁起の良いフクロウが話題になって、結婚式を挙げるカップルも増えてきています。

庭にはたくさんの種類の植物を植えることで多様な生態系が出来上がります。日本原産の植物であれば、メジロやシジュウカラの餌になります。単に庭に花が咲くだけではなく、鳥が飛んできたり蝶が飛んできたりすることの心の安らぎ、美しさや季節感、それが大事だと思っています。大都会の中でもそういった環境が身近にあったら、人間だって過ごしやすいはずです。

石原和幸デザイン研究所には、かわいいリスザルも住んでいる。

例えば、渋谷にもっと緑が増えれば、街の温度も下がるでしょう。木々の緑に鳥や蝶を惹きつける花や実がつけば、素晴らしいですよね。すでに渋谷駅のハチ公口前を緑化しました。看板を出し、そこから得られる広告費で私たちがメンテナンスをやらせていただいています。公園通りではガーデニングの全日本選手権をやりましょうと声をかけ、審査委員長を渋谷区長にお願いし、都知事にも起こしいただいて、今年の5月に開催しました。民間企業はPRに利用し、庭師は技術を競い合う場として活用しています。

このプロジェクトを渋谷から品川などへ展開しようとしているところです。こんなふうに緑のプロジェクトをどんどん広げていけば、東京は美しい緑の都市として、世界に打って出ることができるはずです。

――花と緑で街や町を変えるために、いろいろなアイデアを実践されていますね。

石原 広島県の庄原市は人口3万7000人弱の市で、財政が逼迫していますが、棚田があって、古い家が残っていて、田んぼをやっている人がいて、その里山風景こそが財産です。そこで僕は「どなたか1人庭に狂ってほしい。1人いれば伝染する」という話をしました。佐藤さんという会社員の女性が手を挙げ、ご自宅の小さな庭を朝に晩に、丹精込めて美しく造り上げました。それが50人くらいの人に伝染し、それぞれが庭をきれいにして「庄原さとやまオープンガーデン」が始まりました。この町に人口の倍の7万人もの人々が訪ねて来るようになった。オープンガーデンが市の第1の産業になったのです。若い人たちが I(アイ)ターンで移り住むようにもなりました。

ガーデンという言葉は、ガードしてエデンを作るという意味で戦争から始まった言葉とも言われます。「壁を造ることが平和になるのか?」と疑問を持ったときに、その対極に、『御所の庭 / No wall , No war』でテーマにした平安京の御所の庭があると考えました。塀が低く造られており、攻められるという発想がなく、オープンである、というところに着目しました。塀を低くして開かれた庭にすることが平和につながると捉え、壁も床もガラス張りの庭を造りました。

2017年にゴールド賞を獲得した『御所の庭 / No wall , No war』(写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

そして、来年の僕のテーマは「ひとりのために」というものを考えています。まず、身近なひとりを大事にする愛、それはかけがえのないものであり、その大事な「ひとりを泣かせるくらい感動させる庭」を考えています。大好きな人のために庭を造って、その大好きな人の延長線上にみんなが笑顔になっていくというテーマの庭になりそうです。

これまでも、これからも、花と緑が僕の絵の具。どれだけ大きく感動を呼ぶような絵を描けるか、生涯の仕事として追求していきます。

TEXT:伊川恵里子

“苔男”、世界を変えるーーエリザベス女王に“緑の魔術師”と称えられた日本人庭師Mugendai(無限大)で公開された投稿です。

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